誰もが多少誤解されながら生きていると思っているので、僕自身は他人の評価はそんなに気になる方ではありません
身に覚えのないことをそこまで親しくない人がどこかで誰かと噂をしていても全く気になりません
そもそも家族や恋人ですら100%理解されることなんて無理なんだし、自分が自分自身のことを全部ちゃんとわかっていて、客観的にも分析できて・・・
そんなの無理じゃない。。。笑
なので人は他人に誤解されながら生きていくものだと認識できていればいいんじゃないかと思っています
別に100人中100人に好かれたいと思わないし、そんな意見や人間は何もしゃべっていないのと同じだと思うし
例えば『戦争はダメ』(例えとして)っていう意見を言ったとして、100人が同意するかもしれないけれどそれはなにも言っていないのと同じじゃない?って思います
個性を大事にしようと言いつつ、少しでも目立ったり人と違ったりはみ出したりすれば陰口や悪口、妬みや嫉みを言う人は出てくるし
それを気にしてなにも言わないような人間になったり、誰からも気にされない行動ばかりとるように気を遣うのもなんか違うし
なのでぼくが至った結論として
人生は選択の連続で、人と関わらなければ生きていけない世の中で、子供でも思春期でも大人でも職場でも
その時々で自分が『これ』と思う選択をした上で、誰かに誤解されても、自分の意図と違う形で伝わっていたとしても
その一つ一つの選択に悔いが無ければ、誰にどう伝わっていたとしても、自分のことをあまりよく知らない人間に陰口を叩かれても
気にしなくていいんじゃないかと思います
自分のことを理解してくれる人に巡り合えただけで幸運だし、分かろうとしてくれるだけでラッキーだし
そんな人が1人か2人いれば十分だし、3人いればかなりのハイスコアだし、5人いれば史上最高だと思います
人生にアドバイスは必要だけど、それは自分が信頼を置ける人の言葉だけでいいわけで
あまりにも多数の人に気に入られようとしなくても、自分の芯をもって選択して、さらにその選択に集中する
誤解を招くような選択にも自分の中に確固たる理由があるなら、くだらない噂話にいそしんで、人を貶めて自分はその立場にいないことに安心する連中は放っておく
誤解なんてものは勝手に溶けていくので、焦って慌てて、言い訳して、弁明して・・・
それは時間の無駄なので、取らなくていい行動かなと思います
人生には波があって、いい時ばかりじゃないし、だからこそ悪い時ばかりでもないし
悪い時も長く続かないからこそ、その状況でしか感じられないことを楽しむくらいの気持ちで生きていけたらいいんじゃないかなと思います