見えますか?
「女性の好きな映画アンケート』などで上位に来る確立の高い『プラダを着た悪魔』の編集長のモデルになったと言われるアメリカ版『VOGUE』の編集長「アナ・ウィンター」のドキュメンタリーです
これだけでもすでに観賞したくなる人が多数だと思います
(レンタル屋さんに行っても大体貸出し中だし)
そしてこのドキュメンタリーの冒頭がとても気に入ったので紹介したいと思います
自分で見たい人はネタバレなので見ないようにしてください
~~~~~~~~~~~~~~~~
ファッションのことを恐れる人は大勢いると思う
不安に感じているからこそけなしてしまう
ファッションについて悪く言う人たちは不安なのね
自分がクールなグループに属していないと感じて
軽蔑したり無視したりする
例えば~(ブランド名)のドレスを着たり~(ブランド名)のジーンズを履いているからと言ってその人が軽薄だということじゃないのに。
ファッションの“なにか”が人々を動揺させるのね
~~~~~~~~~~~~~~~~
というインタビューから始まります
核心をついているような気がします
そして何にでも通じそうなお話じゃないですか?
ファッションに限らず自分が何かを攻撃したり無視したりする時は『不安』が大半を占めている時が多いような気がします
自分とは違うものを攻撃して自分を正当化して安心感を得るということ
それが実際に自分が『不安』として認識できているかどうかはともかく、悪く言ったり見下したり無視するという『コミュニケーションツールの武器に分類されるもの』を使おうとするのはそういう時が多いような気がします
この仮説自体に反感を持つ人や批判を唱えたい人もまたきっとなにかに『不安』なんだと思います
自分の考えていることが間違っていたかもしれないという不安
自分とは考えが違うから取りこまれないように無視してしまおうという不安
じゃあどういう対処が『不安』ではないというリアクションかというと『受け止めること』だと思います
攻撃するでも無視するでもなく『そういう生き方もあるな』と受け止めること
それは無関心なわけでも見下しているわけでも無く、純粋にそう思えていれば『不安』にはなっていないことになると思います
でも不安に思う事が悪いわけではありません
不安だからと言って攻撃してはいけないということです
中には純粋に不安とは関係なく攻撃しなければいけない時も糾弾しなければいけない時もあると思います
でもオシャレに毎月たくさんのお金を使う人を、音楽に毎月たくさんのお金を使う人を、ギャンブルに毎月たくさんのお金を使う人を、趣味に没頭して時間もお金も注ぎ込む人を軽蔑したり卑下する必要はないと思います
そんな風に人を見下すことで得られる安心感は偽物です
人は『結果』に安心するものではなく『過程』に安心するものだと思います
結果が付いてくるに越したことはないですが結果は所詮良くも悪くも結果です
『結果』は今の物事の終わりでもあり、次の物事の始まりなだけです
本当の安心感は取り組むべき課題に妥協せず逃げずに向き合っている時にだけ得られるものだと改めて思いました