続くなら私にとっては激動の3月が終わり、4月になりました。その時は気付かなかったけれど、ずいぶん発火点の低い、壊れ易い、ひと月だった。一昨夜、とうとう終わりの鐘が鳴ったと思ったのだけど、未だ此処に居られる。もう、要らぬ気回しや思考を止めて、「今」に生きようと決めました。「今」が、しあわせなのだもの。