生きる爪跡 | 夕焼け紅葉

夕焼け紅葉

yahooブログからの移行です。

昨日、あいのりを見て・・・

泣いてしまいました(´・ω・`)ショボーン

別に参加者がどうの~ヒデが~嵐が~なんて言いません・・・

人の恋をどうたら見るよりまず自分の恋愛を心配しろって感じです( ̄ー ̄)フフフ

それでですね、なぜ泣いたかというと

テェルノブイリ原発事故の被害地域・被害者などの

説明を聞き泣いてしまったんです。。。

当時自分は生まれて1歳にもなってませんでした

ただ昔あったんだな~程度にしか思ってませんでした

約20年前に起こったことなのに未だにその爪跡は消えていません。。

とりあえず説明↓

チェルノブイリ原子力発電所は、ウクライナ
(当時はソビエト連邦)のチェルノブイリ近郊にあった原子力発電所。
1971年に着工され、1978年5月に1号炉が営業運転を開始した。
1986年4月26日1時23分(モスクワ時間)に4号炉が爆発した。
その後も1号炉~3号炉の運転は続けられたが、2000年に稼動が停止されている。
1986年当時建設中だった5号炉と6号炉は、建設が中止された。
4号炉爆発事故当時の正式名称はV・I・レーニン共産主義記念チェルノブイリ原子力発電所

当時、爆発した4号炉は休止中であった。
原子炉が止まった際に備えた実験を行っていたところ、制御不能に陥り、
炉心が融解、爆発したとされる。爆発により、原子炉内の放射性物質が大気中に大量に放出された。

放出された主な放射性物質は、ヨウ素131、ルテニウム103、セシウム137など。

当初、ソビエト連邦はこの事故を公表しなかったが、
翌27日、スウェーデンでこの事故が原因の放射能が検出され、
28日、ソビエトも事故の公表に踏み切った。
日本でも、5月3日に雨水中から放射能が確認された。

爆発後も火災は続き、消火活動が続いた。
ソビエト政府によれば、5月6日までで大規模な放射能漏れは終わったとされる。
死者はソビエト政府の発表では運転員・消防士合わせて31名だが、
放射能の健康被害により、大量の周辺住民が死亡したと考えられている。
しかし、その数は公表されていない。
また、事故によりチェルノブイリ周辺は高濃度の放射能汚染により居住が不可能になり、
約10万人が移住を余儀なくされた。
避難は4月27日から5月6日にかけて行われた。
爆発した4号炉をコンクリートで封じ込めるためにのべ80万人の労働者が使われた。
封じ込められた4号炉は、「石棺」と呼ばれている。

事故後、この地で小児甲状腺癌などの放射能由来と考えられる
病気が急増しているという調査結果もある。

爆発事故による放射能汚染は、ウクライナだけでなく、隣のベラルーシ、ロシアも多かった。

というわけなんですが・・・・

実際に考えるとおぞましい事故なんですね・・・

昨日見た内容で立ち入り禁止区域に住んでいるおばあさん

旦那さんが2年前に亡くなり、旦那さんとの出会った場所、過ごした場所から

離れたくないと言って住んでいたんです。。。事故後20年も

ですがそのおばあさんが体に溜めている放射線量を考えると・・・・

そして涙が出てきました。。。。

チェルノブイリの放射能で体に障害を持って生まれてくる子供たち・・・

チェルノブイリ地域のの病院の医療機器の悪さ・・・

最新のものが少ないそうなんです・・・・

それを見て・・・・何かはじけたような、何もなかったような・・・

自分でも分かりませんが・・・

この爪跡は自分が生きているうちには浄化されないそうなんです・・・・

では生きているうちに何かできることはないのか?

何かしらあるはず・・・・

まだ自分では今の時点では募金くらいしかできない

将来・・・・今学んでいることが役に立つときがあれば

何かしらの手伝いはできるとおもう。。。。