かぶきもの?へうげもの?否、かたもの!!戦国時代大好き☆大根役者じゃなくてサツマイモ役者~瀬戸純哉のブログ  -94ページ目
言論の主張、執筆の自由とはいえ、

毎回訴訟をおこされる雑誌ってなんなんだろって思います。

ギャグなのか…?

でも、それで傷ついている芸能人やスポーツ選手はいるわけで…

その記事で疑いの目をもつ国民もいるわけで…

今の時代本当にやばい事は記事にはできないのか?

先日、友人の子供が焼きいも屋「なると」の芋を食べ、

美味さが神だと言っていたので、

そういえば宮古島には芋の神様がいるとう話を思い出し、

また、別の友人がたまたまダイビングのライセンス取得の為、

神様が奉られているという宮古島にいたので写メを送ってもらいました(⌒▽⌒)

宮古島には「イモの主御嶽(ンーヌシュ・ウタキ)」という、
 
「ンーヌ」 は宮古島の言葉で “イモの” のこと、「シュ」 とは“主(ぬし)や神様” のこと、「ウタキ」 は “神社” のような場所でイモの神様が奉られているそうです。 

なぜ、宮古島にイモの神様の神社があるのか?というと、

今でも毎年台風がおそってきますが、宮古島はいつの時代でも台風や、

旱魃(かんばつ)で長い期間雨が降らず、作物が全て枯れてしまうなどの天災にみまわれ、

そのため 食物を手に入れることができず、多くの島民が死んでしまうことが何度もありました。

そこで、

日本史では豊臣秀吉が二回目の朝鮮出兵した頃?まあ亡くなる直前ぐらいの時代…

長真氏旨屋(ちょうしんうじ・しおく)という人が漂流し、中国から持ち帰った唐イモによって飢饉の年でもイモを食べ命を救われる島民が多くなった事から

宮古島の人々の命をつなぐ大切な食料となった唐イモに感謝を込めて、

「イモの主御嶽(ンーヌシュ・ウタキ)」 ができ、

長真氏旨屋は神様になったようです。

またこのウタキは、命がけで唐イモを宮古島に持ち帰ってくれた旨屋(しおく)への感謝の思いを忘れないためでした。

美味しいお芋を感謝していただかないとね~(⌒▽⌒)

ちなみに中国から九州に伝わったのはそれから7、8年後の江戸幕府が始まった頃のようです。

ずいぶん歴史があるんだね。

サツマイモ~(笑)


まだまだ東京では日陰に雪が残ってたけど今日の雨で消えてしまうんだろうな~

今年の週末は本当に天気が悪くて焼き芋屋の活動ができません…

平日でもイベント、催し物とかで呼ばれたらいいなぁ~

連絡先は

fortississimo.brillante@facebook.com

まで!!

目安としては百本、二万五千円であとのオプション(品種、大きさ)は要相談でお願いしますm(._.)m

本日はいつもの大河ドラマの仕事で第22回にちょっとだけ顔がわかるくらい映っていると思うのでよろしければみてくださいね~(⌒▽⌒)

昨年、テレビ朝日の「食彩の王国」という番組でサツマイモの品種「鳴門金時」の特集がありまして、

JA徳島の方からうちのお店を紹介され役者としてではなく、

焼き芋屋として出演しました。

役者やって、焼き芋屋やって…

普通じゃない(笑)

自分と焼き芋が売れればなんだっていいんです。

そして劇団離風霊船も!!

手相やって売れた芸人の人とかいるしね(⌒▽⌒)

日本中探しても自分だけだろ…



大根役者ならぬサツマイモ役者です。

サツマイモは劣悪な環境での栽培に適した救荒(きゅうこう)作物なんで、


「きゅうこう」をてれこにすると「こうきゅう」…

高級じゃない低級な役者って事で!!

まあ、大根役者と意味はかわらないか~(笑)

まだまだどちらも中途半端なんでこれからも頑張ります♪

焼きいも屋「なると」の情報はtwitter@naruto_kintoki で流しています。

あと、糅物(かたもの)とは

…主食である穀物とともに炊き合わせを行う食物の事で

転じて、飢饉などで食糧不足に陥った際に主食を節約するための代用食となる食物(救荒作物)のことです。