かぶきもの?へうげもの?否、かたもの!!戦国時代大好き☆大根役者じゃなくてサツマイモ役者~瀬戸純哉のブログ  -87ページ目
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自分が所属している劇団りぶれせんの代表作「ゴジラ」の
オーディション兼ワークショップをみてきました。
たくさんの人が参加してくれて、

見学してただけですが、

劇団内ではやり尽くした感がある作品ですが…

老若男女、人がかわると新しい発見があったりして…

面白かったです。

劇団に代表作がある為に、たくさんの人が集まり、新たな出会いがあり、つながりができるわけで…

面白かったです。

(笑)

今後が楽しみです。

やっと上巻読み終えたぁ~

読書歴の浅い自分には読み応えがありました。

そして、下巻が待っている…( ̄▽ ̄)

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以前、49会で皇居に行った時に、徳川家康より前に江戸城を築いたのは太田道灌だということが説明看板に書いてあり、

また、先日読んだ「のぼうの城」で、

その舞台である忍城の城主成田氏長の後妻である珠はこの太田道灌の曾孫の三楽斎の娘にあたるとあったので、

太田道灌の事が気になり、地元の首塚にやってきた…
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施設的には皇居付近にある将門の首塚と同じ感じ…

手を合わせてきました。

太田道灌は文武に秀でた優れた武将で地元のヒーローです。


軽く説明すると、
太田道灌は、1432年に生まれ1486年に非業の死を遂げた室町時代後期から戦国時代初頭に活躍した武将である。

父親の太田資清(すけきよ)の時から扇谷上杉(おおぎがやつうえすぎ)に使え、相模守護代を兼務し、事実上相模・武蔵の両国を支配していた。

関東管領山内家の内紛を鎮め、その武名を高めた。1478年には今川家の家督問題の調停のために駿河へ出陣して、北条早雲にも出逢っている。

また、文化人としても優れていて、将軍足利義政に諮問を受けるほどの和歌が達者であったという。

しかし、あまりにも活躍したことが、主君である上杉定正の反感を招き、上杉顕定の讒言(ざんげん)を聞き入れて、相模糟屋館で謀殺されてしまったということである。

知られざる地元の有名人でした( ̄▽ ̄)

大河ドラマでやらないかな…

マニアックですけど…(笑)
うちのベランダから目と鼻の先に大きな国道がみえるのですが

信号待ちしている大型トラックを

小さなバイクが追い越して止まったと

思った直後にバックファイヤー‼︎

火花が大型トラックの前輪を越えた…

バイクは逃走し、

トラックの運転手が慌てて車体を確認し、

何事もなかったのか発車した…

しばらくて逃走したバイク方面から爆音バイク集団が我が物顔で通過…

その中にサラリーマン金太郎かルフィの原石がいることを望む…


『ポッポッポ~  鳩  ポッポ~』


よく痴呆症の方が歌ってる…


定番なのだろうか?


自分達がその世代になって痴呆症になると、モー娘。やAKBの歌を口ずさむのだろうか?


おばあちゃんの歌声は平和への感謝と平和が続く事への願いに聞こえてならない…