78番目の図書館~人知れぬ物語たちの棚~ -5ページ目

館長 那耶のひとこと…

このお話も三題噺です。

もう秋に入りましたが、まだまだ暑いこの季節。

夏の終わりを書いた本を見つけました。

こちらも本の棚に並べておきますので、宜しければお読みください。









――からん。

 夕闇に透き通った音が響く。

――ころん。

下駄の軽やかな音が、蝉の鳴き声に負けじと響く。

日が暮れてもまだまだ暑いこの季節。

私は汗を軽く拭きながら、少し足を速めた。

耳をすませば、遠くからお囃子の音が聞こえる。

上り坂から祭り会場に目をやると、目にうるさいくらい明るかった。

 目的地までもう少しの所まで来た。やはり、こっちには誰も来ていない。

 やっと着いた薄暗い高台から景色を見て、私は呟いた。

……まったく、あの日と変わらない、と。

その時、どぉん、という音がした。

私がその音に反応して見上げると、夜空に綺麗な花が咲いていた。

浮かんでは消える光の花。次々に色とりどりの花が咲いていく。

「綺麗……」

自然に口から言葉が出ていた。

――綺麗だね

君の声が聞こえる。君の笑顔が、光に重なる。

「……そうだね」

声に出さず、君の名前を呟く。

ああ、もう一年たったのだ。あの日から。

また思い出してしまう。去年の今日を。

君と一緒に此処から見た花火。見上げた星空。二人で聞いたお囃子の音と蝉時雨。

そして、交わした約束。

――来年もまた

お互いの指を絡めて。

――絶対だよ

 笑いあって。

そう、約束した。来年も。その次も。そのまた次の年も。ずっとずっと。

「絶対だよって約束したじゃん……」

あの日はまるで夢のようで。

それは、もう二度と見ることの出来ない夢。

叶うならもう一度、そう願ってやまない、夢。



「ねえ、綺麗だよ、見て」

返事は無い。

「ほら、あれハート型だよ。去年も一緒に見たよね」

蝉時雨が降り注ぐ。

「ねえ……っ」

胸が苦しくなる。視界がにじむ。思わず俯いてしまう。

どぉん、ぱらぱらぱら。

空が色鮮やかに染め上げられる。そして、光は闇に溶けていく。

降るように響く蝉時雨。

蝉よ、もっとないて。もっともっと、ないて。私の心の中の土砂降りみたいに、もっと。

――流奈(るな)()

名前を呼ばれ、はっ、と顔を上げると、君の姿が浮かんで消えた。

そして、どぉん、という花火の音が空しく響いた。

わかってる。どんなに探しても、君はもういない。どんなに呼んでも、君は笑いかけてくれない。どんなに恋焦がれても、君は帰って来ない。

 でも、一目でいい。君に会いたい。もう話せなくてもいい。私を見てくれなくてもいい。

 ただ君が生きている、それだけ分かればいい。それだけで私は。

頬を伝う雫が、ぱたりと地面に垂れた。

滲む世界の先に、花火が次々に打ち上げられていた。

 一斉に打ち上がって行く花火を見て、花火の終わりと夏の終わりを私は感じた。

ああ、次の季節がやってくる。

 きっと来年も何も変わらないのだろう。此の場所も、此の時間も。

幾つ時が巡っても、何も変わらないのだろう。

でもいつか、時がたてば私は変わるのかもしれない。

君との時間も、懐かしい思い出として笑顔で振り返れるようになって。君を追い求めることもなくなるのだろう。

でも、それはきっと遠い未来の事。いつになるかなんてわからない。

あの日、私は君に恋をしたんだよ。その声に、その瞳に、ずっと恋をしていたんだ。

ううん、今も。ずっと君に恋をしている。どんなに時間がたっても、君に恋をしている。どうしようもないくらい、君を愛している。ちゃんとわかってる。わかってるけど。

まだ君の面影を探して、彷徨っている。見ることの叶わない夢を、見ようとしている。



「ねぇ、私はまだ、君に恋をしていていいですか?」

そう、私は花火に問いかけた。

その最後の花火が空に打ち上がって行く。そして、大輪の花を咲かせた。



 頬を伝う雫が、その光を受け煌めいた。

 からん、と音を立てながら、私は花火に背を向け歩きだした。

 頬を伝う雫をそっと拭い、前をしっかりと見る。そして、歩きだす。

 でも、私の時間はまだ、あの夏の日のまま。

 君との甘い、泡沫の夢の中。