堂郁の日まであと一週間
***
「最近、電車で盗撮の被害が増えてるみたいよ。物騒だわ。」
柴崎がふと食堂のテレビ画面を見て呟いた。そのテレビ画面にはニュースアナウンサーが盗撮予防策を身振り手振り丁寧に説明している。柴崎の一言に堂上・手塚・小牧が同調した。
「これだけ放送するって事は被害がそれだけ多いってことだな。」
堂上が苦しい顔で言った。
「そうだね。そして女性だけの問題じゃないってこともあるしね。痴漢とかだと自分は痴漢してなくても”痴漢だ”って言われることあるでしょ?W被害だよ。」
話が盛り上がりそうになったところで郁が急に席を立った。
「も、もう、お腹一杯だから戻るね。」
そう言う郁のプレートにはまだご飯半分とおかず少しが残っている。いつもは郁が先に食べ終わっても周りの人を待つ郁なのにおかしい、と皆が怪訝な顔になった。
「笠原、具合が悪いのか?」
堂上が眉間の皺を深めて尋ねた。
「いえいえいえいえいえ!体調は大丈夫です!でも、食欲が無くて・・・」
「山猿が食欲無いなんて珍しいな。」
手塚はそれで納得したかのように箸を進めたが、他三名は納得しないまま郁は早々と戻ってしまった。
郁が去ってからというもの四人の間には沈黙が続いた。
「まさか・・・・」
どれくらい沈黙が続いただろうか。柴崎が声を発した。その声に三人が揃って反応する。
「まさか地下鉄で痴漢に遭ったとか?」
思いもよらぬ柴崎の発言に三人は固まった。
手塚は”まさかあの山猿が痴漢に遭うわけが無い”と考え
堂上は”郁が痴漢に・・・・。いや、郁なら大股蹴りする筈だ”と考え
小牧は”毬絵ちゃんが痴漢に・・・・いや、それは有り得ないと信じよう”と考え・・・
三人同時に
「それは有り得ない」
と答えた。
「ちょっと!まさかの堂上教官とプチ堂上教官の二人が朴念仁だっただけじゃなくて小牧教官も朴念仁だったなんて激スクープですよ!!!あの可愛いスタイルの良い笠原が痴漢なんて普通じゃないですか!」
そこを普通と言う本人も十分痴漢に遭いそうな美貌の持ち主なのだが、山猿にしか見えない手塚以外はその柴崎の意見に頷いた。
「しかし、郁は囮してるからたとえ痴漢に遭ったとしてもあんな青紫オーラ出さなくてもいいんじゃないのか?」
「そんなことを言うから笠原に”オジサン”とか言われちゃうんですよ!それとこれとは別なんです!」
柴崎にまでオジサン呼ばわりされると思って居なかった堂上は得意の仏頂面でそっぽを向いた。
「もしそうなら柴崎が笠原に聞くしかないな。」
「じゃあ情報料は教官焼酎一本でいいですよー!じゃあ、あたしは勤務ありますのでお先に失礼しますね。」
堂上の待ったの声を聞いたのか聞いてないのかわからないがそのまま柴崎はいなくなった。
「笠原」
風呂をあがった柴崎は直ぐに笠原に痴漢についての真相を尋ねることにした。いつもならこれから読書タイムに突入するはずの郁はもう寝る準備をしている。郁は何か事件が起こると、それを長引かせると一層からにこもってしまうタイプなのでもう聞かなければならない。郁の背中からは”一人にしてくれ”オーラが漂っているがそんなことは柴崎が気にするわけもなくそのまま尋ねることにした。
「笠原、昨日ケーキ屋の帰りの地下鉄で痴漢に・・」
「違う!」
柴崎が最後まで言い終わる前に郁はその言葉を勢い良く遮った。
「違う!そうじゃなくて、それを防止するヤツをなくしちゃったの・・・・ってああああああああああああ!」
何を郁が言いたいのかわからぬまま郁は叫びだした。そして目からは涙がこぼれだしている。
「ちょ、笠原、落ち着いて。何があったんだか知らないけど状況を教えて?」
「あのね・・・」
郁は柴崎に促されて重い口をゆっくりと開き始めた。
それは久しぶりの堂上とのデートの帰り道。
奥多摩訓練があったため、暫くデートというデートをしていなかったのでその日一日二人は幸せだった。
二人の手はぎゅっと、繋がれている。
ふと、郁は痴漢防止のポスターが目に入った。
「最近図書館でも痴漢増えてますよね。徘徊しっかりしなきゃ・・・」
郁がそうつぶやくと堂上はズボンのポケットの中からなにやらごそごそと探し出し、薄オレンジ色の小さいぬいぐるみのようなものを取り出した。
「やる」
堂上が突き出して郁に渡したのは紛れもない、郁が大好きなももいるかだ。
そのももいるかはももいるか通の郁さえも知らない種類のものだった。そのももいるかはなぜか警察の制服のようなものを身にまとっている。
「これって・・・」
「俺の地元限定のももいるかだ。文具屋に売ってたんだ。お前がももいるかのファンだったことを思い出してな。」
堂上は郁の笑顔に釣られて微笑みながら言った。しかし、堂上がそのももいるかを買ったのにはそれ以外にも訳があった。
「そのももいるかには”意味”が籠められてるんだが・・・それが”護身”なんだ。図書館の徘徊も大事だが、お前自身も気をつけろよ。俺もできる限り守るが、お前のそばにいてやれないことも多い。そのときは十分気をつけろ。」
心から心配していることがひしひしと伝わるような堂上の目に郁はふっと笑顔になった。
「教官、ありがとうございます!あたしがもし身の危険を感じたらドロップキックするから大丈夫です!」
郁が笑顔で言うと堂上は一気に眉間の皺を深めて低い声になった。
「いつでもそれで解決するわけじゃないから気をつけろよ。」
「あ・・・はい!絶対に失くしません!」
「ああ」
「で?」
話を聞き終えた柴崎は爆笑しながら聞いた。
「失くさないって約束したのにももいるか失くしちゃった・・・・ どうしよう柴崎ィ!助けてーーーーー!」
そんなことでそこまで落ち込む郁があまりにも可愛すぎて柴崎は美女の看板を下げなくてはならなくなりそうなほど笑い転げた。
***
次最終話です。