はじめに
みなさん、こんにちは。本野鳥子です。今回は、「獣の奏者」の最終巻、完結編です。1巻の闘蛇編はこちらからご覧ください。多少ネタバレがあるので、未読の方はご注意願います。
物語の始まったときには、まだ幼くたった10歳にしかならなかったエリンが、最後にたどり着いた場所とは。最後までそれを見届けましょう。
「獣の奏者 Ⅳ 完結編」上橋菜穂子(講談社文庫)
リョザ神王国の東に位置するラーザの脅威は増してきていた。王獣による部隊が結成され、エリンは否応なしにその訓練に明け暮れる日々を送ることとなる。夫であるイアルもまた、闘蛇乗りとして、特滋水の配合を調整した新生の闘蛇部隊を指揮する身となっていた。そして、ジェシもまた、カザルムの生徒として学ぶ日々を始める。とどめようもない日々が過ぎ、王獣と闘蛇が激突するときは確実に迫っていた。
動物と話せたらいいなあ、という無邪気な願望は、誰もが子どものこと抱いたことだろう。この物語も、そうやってエリンが獣と歩み寄ることから始まっている。王獣であるリランとの会話を試み、その上に様々な偶然や必然が重なることで、物語が進んでいくのだ。その理想を叶えてくれる物語である、という点では、児童文学に分類されるものなのかもしれない。
しかし、「獣の奏者」を通読した方ならお分かりだろうが、これは決して、願望を叶えられた、というだけの甘い物語ではない。その向こうに立ちはだかる現実は、どんどん厳しさを帯びて、ついには目を背けたくなるような惨劇が展開される。ただ、動物と話せる! というだけでは終わらないものであり、それがこの物語をどの世代にも通用するものにしているのではないか。出発地点は、子どものような素直な望みであるのに、そこから展開される物語は、生々しい。
私も、これを最初に読んだときは、王獣という獣と話せるエリンの姿に心を躍らせた。そこから物語に引き込まれて、一気に読み終わったのだ。そんな風にして、獣の奏者を読んだ方は少なくないと思う。お恥ずかしい話だが、王獣編でエリンがリランの毛を梳こうとして、噛まれる場面があるだろう。それを私はしばらく読み飛ばしていた。一番最初はともかくとして、二回目か三回目以降から、しばらくそこを読めないでいたのだ。
今はもう、そんなこともなく、飛ばすことなど考えもしないが、その一方で、目が潤む場面が増えた。何気ないイアルとエリンの会話ですらも、ときおりふいっと顔を覗かせる、この日常は当たり前ではないのだ、というエリンの独白に胸を突かれてしまうのだ。昔は、もっと淡々と読んでいたような気がするのは、私の気のせいなのだろうか。本の中身自体は一切変わっていないからこそ、自分自身の変化がこの物語を通してよく分かってくる。
また、この物語の中にある、大切な問いに、戦をなくすことはできないのか、というものがある。「獣の奏者」の影響か分からないが、私の心の中にも、ずいぶんと前からこの問いは巣くっていた。抑止力として、王獣部隊を作る、ということに対する葛藤は、そのまま抑止力としての軍隊、という思想の是非に関わってくるものではないだろうか。軍なくして、平和はありえないのか。人の性を改めて考えさせられる物語だと思った。
おわりに
というわけで、「獣の奏者」シリーズでした。次回は、外伝刹那を再読して、そこで一旦このシリーズに関しては終わりにしたいと思います。それでは、また次もお会いしましょう。最後までご覧くださり、ありがとうございました。