はじめに
みなさん、こんにちは。本野鳥子です。今回は、サトクリフの「運命の騎士」についてです。サトクリフは、特に上橋菜穂子さんや荻原規子さんが好きな方は、ぜひ手に取っていただきたい作家です。サトクリフの持つ、読者を物語の中へぐいぐいと引き込む力の一端でも、伝えられたら嬉しいです。それでは今回も、豊かなイギリスの地に、歩みを進めましょう。
「運命の騎士」ローズマリ・サトクリフ(岩波少年文庫)
犬飼いとして城で育った孤児のランダル。彼は、ひょんなことから城主の怒りを買い、それをなだめた楽師のエルルアンに買い取られた。これできつい束縛から解放されると思ったのもつかの間、今度は騎士ダグイヨンの小姓となり、城から離れ、荘園ディーンの屋敷で育つこととなる。ダグイヨンの孫、ベービスとランダルの友情に、感動せずにはいられない物語だ。
驚くべきは、まず作者の知識の幅の広さだろう。ローマ帝国に支配されていた時代のブリテン島はもちろんのこと、それから時代をはるかに下った十一世紀のイギリスを舞台としたこの物語も、深く豊かな知識の裏付けを感じさせる。
そもそも、サトクリフとは、ファンタジーなのだろうか。異世界が舞台なわけでもなければ、魔法も全く登場しない。紙面から立ち上がる圧倒的なリアリティーは、簡単にファンタジーと片付けられないものを持っていると言えよう。歴史の中で、ランダルもベービスも、いたのだ、と信じ込んでしまうほどである。史実とフィクションの境目が曖昧になり、しまいにはどれも本当にあったことと思わせてしまう力が、サトクリフにはあるのではないだろうか。
そして、ランダルとベービスの友情も、読者をこの作品にのめり込ませるのに大きな役割を果たしている。最初はぎこちなかった二人が、じょじょに距離を縮め、時折はぶつかりながらも、最終的にはお互いに絶対の信頼を預けるようになる姿は、人と人の関係はこうもあれるのだ、と明るい気持ちにさせてくれた。
彼らは、切れ目なく変転する情勢に巻き込まれ、自ら戦場へ向かうこととなる。その姿は勇ましくとも、戦争が持つ悲しみを結局は教えられた。いつの世も、戦争の犠牲となるのはそれを扇動する指導者ではなく、実際に戦う人々であることを、忘れないようにしたい。
サトクリフは、人生の全てを書き切る力を持っていると思う。悲しみがあり、喜びがあり、豊かな自然に満ちたイギリスを舞台に、不変の人々の営みを見せてくれるのが、この作家なのだ。
おわりに
というわけで、サトクリフの「運命の騎士」についてでした。お楽しみいただけましたでしょうか。この作家の作品を、持っているだけ全部読まないと気が済まなくなってきたので、まだ残っている「太陽の戦士」の再読と長らく積ん読になっている「落日の剣」が次回と次々回の題材になります。それでは、またお会いしましょう。最後までお読みくださり、ありがとうございました!