4月11日(水)晴れ

92歳 フォトジャーナリスト 福島菊次郎の仕事

DAYS JAPANに注文していた写真集が届いた。
福島菊次郎氏は報道写真界では、伝説の人と言われているほどの人。
私も恥ずかしながら、こんな著名な人を良く知らなかった。
表紙の写真は、1950年代に、被曝者の中村さんが発作で苦しまれた後に撮影されたものであるが、このままでは、無断転用になるので、写真についての福島氏の文章を写真にかぶせた。ご覧になる場合は、DAYS JAPANのここをご覧ください。


イメージ 1

敗戦直後のことは、見聞で知る限りであるが、特に原爆病で苦しんで逝った中村さんの撮影を続けた福島氏の精神的な苦しみをも反映した写真が衝撃的である。

差別に苦しみ、貧困に苦しみ、何より自分を襲う原爆病に苦しみぬいた中村さんは畳に手をついて、泣いて、福島氏に頼んだと言う。

「ピカにやられてこのザマじゃ、悔しうて死んでも死にきれん、
あんた、わしの仇をとってくれんか」

「わしの写真を撮ってみんなに見てもろうてくれ。
ピカに遭うた者がどんなに苦しんでいるか、わかってもろうたら成仏できる。
頼みます

写真集が完成して、それを見た中村さんは65歳で亡くなった。
あとがきで広河隆一氏が述べているように、「カメラが対象に肉薄する程、被写体の人格が侵される。福島氏はこのことに悩み、生身の人間として慚愧に耐えながら、時代に挑んだ。」
福島氏はその後、精神病院に入院する所まで追い詰められたと書かれている。
福島の原発事故以来、頭を離れない暗くて重い課題と共に、日本はこれからどこへ向かおうとしているのか、写真は過去を写しているものの、未来を問わずにはいない。お近くの図書館にあれば、手に取っていただけたらと思います。

今夜は母が何度も呼ぶけど、どうなっているんだろう。
時間の感覚が最近薄れてきた。
昼夜の区別がわからなくなってきたのかも。