3月29日(土) 晴れ
司会の西さんの挨拶のあと、井戸川さんが「原発による避難生活がもたらす苦難」について話されました。
福島では、真実がなかなか表にならない状態が今も続いており、「もう安全」という風潮が意図的に広めようとされている一方、内部被曝の恐怖が依然としてあること。
各地で避難計画が策定されようとしているが、一旦、原発事故によって避難するということが、どんなことか、よく考えて欲しい。
ほかの自然災害と違って、放射能汚染区域では避難した人たちが、生きている間に帰還できる見通しが見えないため、若者は避難先から戻らないし、残る人は高齢者ばかり、やがては残った人もいなくなり、無人の荒れ果てた土地が残るだけになってしまう。放射能による汚染が、どれだけ悲惨なものか、4つの原発が壊れたのですよ。チェルノブイリよりも深刻な事態なのですよ。
ボランティアの皆さんがよく歌ってくれる唱歌「ふるさと」を聞くのは、とても辛い。
ふるさとを失うということは、基本的人権を奪われることなのです。
人間としての尊厳を根こそぎ奪われるようなこの現実は、避難という一時的な言葉では語れないほど、重いことなのです。
そもそも避難計画と立てるというが、事故以前の状態に完全に戻すという前提があっての避難だろうか? 二度と戻れないような避難計画をそのまま住民は「はい」と言って受け入れていいのか。
双葉町のようになってしまってもいいのですか。
自分が町長の時の事故だったが、少しでも遠くへ町民を避難させねばと埼玉までみんなに避難してもらった。少しでも被爆を避けたい一心だった。
だが、ふるさとへ戻れない。戻りたくても、戻れない。
未だに仮設に暮らす人がいる。
ある高齢の男性が、「わし、このまま仮設で死にたくはない」と言われた。
避難計画というものをもっと皆さんは、真剣に考えて、なぜ 避難するのか?
避難したら、いつ 戻れるのか?
戻れる状態までの生活(暮らしの全て)がどうなるのか。
誰が受け入れてくれるのか?
避難したが最後、これまでの暮らしが全て奪われてしまうこと、家族も暮らしも土地も家も何もかもがこれまでとは一変すること、失うものばかりだ。
こんなことが許されるのか。
事故から3年間の皆さんの苦しい日々を代弁された。
会場には、放射能医学の専門家の松井英介先生も参加され、内部被曝についてアドバイスがあった。
確かに、事故当時と比べて、報道も減りました。
しかし、井戸川さんも言われましたが、事故の直後より、今の方が福島では放射能数値が高くなっていることがたいへん恐ろしい、事故は終わっていないということは、ネット情報をみればかなりのところまで、把握できます。
それでも、再稼働の日は近く、何が何でも再稼働を急ぐ一方、「南海トラフへの警戒」が官邸から出ているこの矛盾、第2、第3の福島原発事故を恐れるのは私だけではなく、会場を埋める人がこれほど多いことからも、皆さんの関心がとても高い。
タイトル 放射能から子どもたちを守ろう 被ばく責任を問い続けます
名古屋の昭和区役所講堂で29日、午後1時半から前、双葉町長の井戸川さんの講演会がありました。井戸川さんは、双葉町から全国各地に避難されている方々に会うため各地を回っておられます。司会の西さんの挨拶のあと、井戸川さんが「原発による避難生活がもたらす苦難」について話されました。

福島では、真実がなかなか表にならない状態が今も続いており、「もう安全」という風潮が意図的に広めようとされている一方、内部被曝の恐怖が依然としてあること。
各地で避難計画が策定されようとしているが、一旦、原発事故によって避難するということが、どんなことか、よく考えて欲しい。
ほかの自然災害と違って、放射能汚染区域では避難した人たちが、生きている間に帰還できる見通しが見えないため、若者は避難先から戻らないし、残る人は高齢者ばかり、やがては残った人もいなくなり、無人の荒れ果てた土地が残るだけになってしまう。放射能による汚染が、どれだけ悲惨なものか、4つの原発が壊れたのですよ。チェルノブイリよりも深刻な事態なのですよ。
ボランティアの皆さんがよく歌ってくれる唱歌「ふるさと」を聞くのは、とても辛い。
ふるさとを失うということは、基本的人権を奪われることなのです。
人間としての尊厳を根こそぎ奪われるようなこの現実は、避難という一時的な言葉では語れないほど、重いことなのです。
そもそも避難計画と立てるというが、事故以前の状態に完全に戻すという前提があっての避難だろうか? 二度と戻れないような避難計画をそのまま住民は「はい」と言って受け入れていいのか。
双葉町のようになってしまってもいいのですか。
自分が町長の時の事故だったが、少しでも遠くへ町民を避難させねばと埼玉までみんなに避難してもらった。少しでも被爆を避けたい一心だった。
だが、ふるさとへ戻れない。戻りたくても、戻れない。
未だに仮設に暮らす人がいる。
ある高齢の男性が、「わし、このまま仮設で死にたくはない」と言われた。
避難計画というものをもっと皆さんは、真剣に考えて、なぜ 避難するのか?
避難したら、いつ 戻れるのか?
戻れる状態までの生活(暮らしの全て)がどうなるのか。
誰が受け入れてくれるのか?
避難したが最後、これまでの暮らしが全て奪われてしまうこと、家族も暮らしも土地も家も何もかもがこれまでとは一変すること、失うものばかりだ。
こんなことが許されるのか。
事故から3年間の皆さんの苦しい日々を代弁された。
会場には、放射能医学の専門家の松井英介先生も参加され、内部被曝についてアドバイスがあった。
確かに、事故当時と比べて、報道も減りました。
しかし、井戸川さんも言われましたが、事故の直後より、今の方が福島では放射能数値が高くなっていることがたいへん恐ろしい、事故は終わっていないということは、ネット情報をみればかなりのところまで、把握できます。
それでも、再稼働の日は近く、何が何でも再稼働を急ぐ一方、「南海トラフへの警戒」が官邸から出ているこの矛盾、第2、第3の福島原発事故を恐れるのは私だけではなく、会場を埋める人がこれほど多いことからも、皆さんの関心がとても高い。