2015.6.1(月)晴れ


長い間、ご無沙汰していました。

ブログを続けられなくなり、1年以上、休んでしまいました。というのも、個人的な事情ですが、2015年2月7日、母が91歳で亡くなりました。
部屋からベッドが消えたのをみると、やはり母はいないのか、、、と寂しくなります。
介護期間は、長く感じられましたが、終わってみるとあっけないほど短かったこの10年間。 一人暮らしの限界から、娘の家に移ってきて、施設と自宅を行き来した10年間。

思えば、母は幸せだったかも知れません。
何といっても、介護をしてくれる家族が傍にいたから。
家族の様に、親身になって世話をしてくれた施設に恵まれたから。

当然ながら、私にも介護を巡って葛藤がありました。
母が寝たきりになったら、私は身動きできなくなるからと、母が施設に行っている間に、駆けずり回ってあれやこれやとやっていましたが、母は最期には介護度が5になったものの、車いす生活で、意識も確かで、食べる事を何より楽しんでいました。

しかし、突然、誤嚥性肺炎を発症、回復した数日後、
施設でターミナルケアを受け、延命措置をせず、自然死を選んでとても静かに穏やかにこの世に別れを告げました。

家族は、この間の母の激変にとてもショックを受け、右往左往しました。自然死は母の意思でしたが、家族も同意はしたものの、いざ、その場になると 大変、迷い、悩みました。


大往生でむしろ喜ばしいことかもしれません。
ただ、よりよく生きようと一生懸命努力すると同じくらいに、より良く死ぬことの大切さ、というか・・・価値をこれほど考えさせられたこともありません。家族は、その姿を前にして、いくら高齢でも、この世から消える事がどれほど大きな意味なのか、誰もが親あってのこの命、別れ方も様々です。それぞれの人が、肉親との別れを経て、命をつないで今があるのですね。

1年ぶりのブログがこんな個人的な事になってしまいました。