昨日(5/7)の満月

とっても力強く、美しかったですね。

 

旦那さんも誘って 2人で月光浴。

何とも言えない素敵な時間でした♡

 

 

 

ウエサク満月
 

 

 

さて、今回は、

プロフィールブログの続きで

【就職~数年間】のお話です。



前回の最後に少し書きましたが・・・


大学卒業後は、

大学院に進学したいと思っていましたが
年齢のこととか色々考えて就職することにしました。

 

 

▶︎前回はこちら

さとけいプロフィール④【大学時代。勉強に、遊びに、恋に♪】





大好きな英語が使える仕事に就きたくて

商社、物流・貿易関係、旅行会社など

色んな職種の説明会に行きました。



ただ、帰国したのが6月。
就職活動も一旦落ち着きを見せる時期でした。

 



しかもリーマンショックの後で
採用活動を控えている企業もあり
選択肢はそんなに多くなかったです。



そんな中、本社が東京にある、
機械部品の専門商社の説明会に行きました。



わたしは社会人になっても
実家から通おうと思っていたのですが


母に「東京で就職して実家を出なさい」と
言われたため、一応参加した説明会でした。

 

 

とりあえず、で参加したものの

説明を受けたら「この会社いいかも!!」と

とても興味を惹かれました✨

 

そして、ありがたくも、

ご縁あって入社することができました。




その会社は「V字回復」でとても有名だった
経営コンサルタントの方が初めて社長に就任した会社で

 


商社であるにも関わらず
「経営者を目指す人は、この指止まれ」
という広告を打ち出していました。

 


そして、商社であるにも関わらず
製造会社と経営統合して自社工場を持ち
開発→製造→販売のサイクルを
自社でまかなってしまうという
おもしろい形態の企業でした。



当時のわたしは、

独立や起業に興味はなかったけど


仕事に対して熱意や意欲のある人たちが

集まりそうで興味をひかれました。



母の「東京で就職」という条件もクリアして
東京での社会人生活がスタート!NEW



わたしが入社した年は、
部署の希望を出すことができたので
国際物流チームを希望しました。


商品の輸出手配や
海外現地法人からのクレーム対応に加え

海外現地法人の立ち上げや
海外物流センターの立ち上げにも
携わっている部署だったので


自分も1日でも早く

そのプロジェクトに参加できるよう
毎日がむしゃらに働きました。



毎日終電近くまで働くのも当たり前。

 


派遣さんが5時で帰るのを見て
「今日もようやく半分終わった」と
思っていたのをよく覚えています。

 

 

 

どんどん仕事を任せてもらえるのが
嬉しかったというのもあるけれど、

 

  • 尊敬している上司に迷惑をかけないように
  • 上司の印象や評価が悪くならないように


そう思って頑張って仕事してました。


はい、ここでも
「良い子でいなきゃ」を発揮してましたw

 

 



入社3年目には、
念願の海外プロジェクトにも

参加させてもらえて✨


約5ヶ月間ほぼ海外出張飛行機

という生活も経験しました。


上海・広州にある物流センターでお仕事してました。




仕事はとっても充実していたけど
翻訳者になることが諦められず
仕事をしながら、通訳・翻訳の専門学校に通うことに。


半端ない仕事量に加え
専門学校の大量の宿題。


なかなかハードな日々だったけど
自分の好きなことをしている時間は楽しく
乗り越えられてしまうものですね☺️



そして、社会人3年目が終わる頃、
もともと進学したいと思っていた大学院に
進学するために退社することを決意します。


東日本大震災を経験したことが
実家に戻ることの後押しにもなりました。
(大学院は関西だったため)



この会社で過ごしたのは
たった3年だったけど


上司にも同期にも恵まれていて
とても充実した日々でした。

 

 

チームとして何かを作り上げる楽しさや

やり遂げたときの達成感・充実感

 

そして、

自分が成長する喜び

チームに貢献できたことへの喜び

 

 

そういった色んな感情を経験できた

とっても実りのある期間でした。

 

 

初めて就職した会社がこの会社で

本当に良かった、と

このご縁に心から感謝しています。

 

 

 

 

 

大学院は桜がとてもキレイなキャンパスでした♡

 

 


無事大学院の試験に合格し
2年間の大学院生ライフがスタート。

専門学校も引き続き通い
ダブルスクール状態でした。



翻訳者を志していたのに
通訳担当の先生に期待されて
嬉しくなっちゃって
「通訳もいいかな」なんて揺らぎ始めたりw


通訳も翻訳も
思うようにいかなくて
他の人と比べて落ち込んだり


本当に翻訳・通訳を
仕事にできるんだろうかと
不安に襲われたり


母から小言を言われて
衝突したり


この2年間は
精神的に辛いことも多かったです。




特にしんどかったのは
母からの「結婚相手を見つけなさい」という要求。
 

  • 30才までには結婚しなさい
  • 30才で結婚するなら今から彼氏を探さないと
  • お母さんがあなたの年のときにはもう高校生の子どもがいたんやで


などなど
結婚・出産に対するプレッシャーが。。。ゲロー



約3年、親元から離れてくらしていたから
余計にしんどく、めんどうくさく感じたのかもしれないし

母の希望に添えていないことに
罪悪感を覚えてしまってしんどかったです。




大学院卒業後は
通訳・翻訳スタッフの契約社員として
教育関係の会社に就職しました。


資料や教材を翻訳したり

上司の通訳をするのが主な仕事でした。

 

 

海外出張ではカナダとメキシコへ。

とっても勉強になりました!


が、

 


実際に通訳・翻訳を

仕事にしてみて気づいたことのは


「通訳には向いていない」

 

ということ。笑

 

 

 

大学院や専門学校で習っていたときは

楽しく面白く感じた通訳だったけれど

 

実際に仕事として

生の英語が行き交う現場で

スピードが求められる通訳は、

 

じっくりコツコツと進めることが

得意なわたしにとっては

向いていなかったようです。

 

 



人間関係もあんまりうまく行ってなくて
結局、1年の契約期間が満了した時点で
退社しました。




退社後は
専門学校に通いつつ就職先を探すという
プー太郎生活に突入です。



と、今日はここまで。

 

 

次回はプー太郎生活とその後のお話です。

▶︎さとけいプロフィール⑥【特許翻訳との出会いと、旦那さんとの出会い】




今回も最後までお読みいただき
ありがとうございました♡