『目の前の分かれ道の選択に悩みこそすれど、それを不正解と言ってしまう選択こそ、最も不正解なのだ』
どう熟考しても、どう穿って見ても、ここまで生きてきた中で今の状況を選んだのは自分自身でしかないわけです。
例えば部活。
誰かに部活に誘われたとして、そこに入るか否かは自分自身で決めたこと、ということです。
自分の選んだ選択に後悔することはたくさんあると思います。
まぁ正直言って、何かを後悔するのは仕方ないと思います。
けれど、後悔の根源となった出来事は、自分自身の選択によって帰結した結果でしかないというわけですね。
例えば、何らかの問題が起こり、誰かを恨んだとしても、その結果を齎したのは自分です。
つまり、自分の一挙手一投足は「原因」であり、一々「結果」に結び付くということです。
ならば、ある日家に帰ったら一家が殺害されていたとして、それに憤り、殺意を覚え、相手を恨むことは間違いだと言うのか、全て自分が悪いのか、というものもあるはず。
だけれど、間違えてほしくないのは、なにも激情を持たず、自分自身だけを恨めと言っているわけではなくて、そういったことも孕んでいるということも理解した方がいいと思うよ、ということなのです。
こんな極端で理非で理不尽な例にまで、これを当て嵌めたらいかが? とはさすがに言えませんけどね(笑)
まぁとりあえず、少しだけでも気に入らない事があった、されたなどで、すぐに怒る人。
そういった輩は、先ず自らの愚かしさを恨め。すぐに怒るな。ということです。
謂れもないことで罵倒されたりしたとした、だったらそいつと関わった自分自身を恨め。その後で怒るなら本人に怒れ。
まぁこういうことですね。
すぐに「嫌い」とか口にするやつはどうかしてると思います。
その人をある程度知ったから好きになり、逆に嫌いにもなる。
口々にその言葉で済まそうとする。
どれだけ他人に興味があるんだよ、とホントに思います。
そういうのはあまり共感できないので、やはり多少は辟易しますね。
なんだか途中からズレちゃいましたし、愚痴っぽくなっちゃって申し訳ないですwww
久々にこういった込み入ったことを吐き出せたので少し気分が良いです( ̄∀ ̄)笑
因みに、最初の部分は、最近聴いている詩の一部です。
あと一週間! 会えるの楽しみにして待ってるからね!
じゃあまた来週ヾ(・ω-`o)