こんにちは、リブラです。
今回もジョー・ディスペンザ博士の「あなたという習慣を断つ」の解説の続きです。
第1部あなたはサイエンス
第4章 時間を克服する
現在という時間の中で、量子場にはすべての潜在的可能性が同時に存在しています。
現在の中に留まり「今という瞬間」を生きていれば、時間と空間を超越でき、量子場の可能性のどれでも現実に変えられるのです。
しかし、過去に囚われていると、潜在的可能性は在りません。
未来に関しても、予測可能な未来に執着している限り、身体が無意識のプログラムで意識を乗っ取り、コントロールします。
この場合は、未来という過去を生きることになるので変われません。
*未来の経験と一体化するプロセス
1)実現したい未来の出来事に意識を集中させ、実現したらどのように行動するかを計画すると、その未来の可能性に明確に意識が極まり、その思考の中の出来事を経験し始める瞬間が起きます。
2)思考が経験に変わると、その副産物として感情が起きます。
3)実現していない出来事にまつわる感情を経験し始めると、身体(無意識の主体)はその出来事を実際に経験しているかのように反応し始めます。
身体(無意識の主体)は、実際の現実に起きていることと、頭の中だけで起きていることの識別ができません。
ですから、これから起こると考えていることに備えて身体は態勢を整えるのです。
繰り返せば、条件反射の「パブロフの犬」のように素早く身体は反応するようになります。
こうして、思考と感情と身体の方向性が一致して1つの目的に向かうと、量子的現実創造が働きます。
現在に留まって過去とのつながりを断ち切ることで量子場にあるすべての潜在的可能性にアクセスできると知っているのなら、どうして過去に生き続け、過去と同じような未来を作り続けているのでしょうか?
前章で身体が化学メッセージの自動プログラムにより<意識>になることを解説しましたが、過去の記憶が引き金となり、化学メッセージの自動プログラムが働き、身体が<意識>になることも起こるのです。
過去の記憶は、その出来事に関する思考と感情を一体化して保存し、無意識下で行われる自動プログラムに紐づいています。
例えば、子ども時代のある日家に帰りつくと、愛犬が横たわって死んでいるのを見つけたとします。
そのとき五感で感じたすべての記憶は脳の中に焼き付き、傷を残します。
このような類のトラウマ経験を考えると、愛するものを亡くしたときの諸々の感情が意識下で記憶され、環境に対する自動レスポンスが作動するのです。
ふとよぎったほんの一筋の思い、あるいは外界で起きたちょっとした事柄ひとつで、このプログラムにスイッチが入りたちどころに過去の悲しみを感じるようになります。
その経験が今も起こっているかのような感情が湧き起こるのです。
記憶により環境、身体、時間を一体として思考と感情を蘇らせてしまうのです。
ここまでで「あなたという習慣」を断ち切るための最大のハードルは、環境、身体、時間を一体として考え(思考)、感じること(感情)だとおわかりいただけたことと思います。
このビッグスリー(環境、身体、時間)を超越して考え、感じることが、本書では瞑想のやり方を学んでいくあなたにとっての最初のゴールです。
「あなたという習慣を断つ」第4章より、要約
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量子的現実創造を試みるとき、1番悩ましいのが「時間を超える」という問題かもしれません。
わたしたちは「今、ここ」にいながら過去や未来に意識を向けることが可能です。
思考だけならば、過去や未来に思いを馳せることはさほど難しくありません。
ところが、その機能に制限をかけようとするのもやはり思考で左脳の仕業です。
左脳は、「過去→現在→未来」の順番で流れる時間しか現実と認めません。
というか、理解できないのです。
しかし、この時間の流れは地球の物質世界(3次元)限定の現実です。
量子の世界では、過去と現在と未来は同時存在しています。
形のない世界なので、時空間を超えて偏在できるのです。
この考え方ができるのがわたしたちの右脳です。
右脳の時間感覚では過去も未来もなく、「今、ここ、この瞬間」が連続しているという感覚です。
すべては同時に存在し、すべてはつながっていて分離がありません。
観察されるまでは波動の状態で実体はなく、観察をされるとその可能性の1つの実体として確定されるというしくみになっています。
だから、「未来」という未知の世界には無限の可能性に満ちているのです。
その「未来」が予測可能なものだったらどうでしょうか?
左脳的視野で観察した未来ということになりますよね。
左脳的視野で観察すると、当然、「過去→現在→未来」の順番で流れる3次元的な制限のある未来としかアクセスしません。
左脳思考の「原因と結果」のパラダイムで展開する未来しかやってきません。
量子的現実創造で望む未来とつながりたいならば、右脳的視野で未来を観察し、思考する必要があります。
それには「(無限の可能性が広がる)未来→現在←過去」という右脳の「今、ここ、この瞬間」の時間感覚で捉えることに慣れなければいけないのです。
もしも、わたしたちの脳がイルカのように簡単に右脳と左脳の切り替えができたとしたら(イルカは右脳が眠って左脳を使う、あるいはその逆も簡単にできるといわれています)、「時間を超える」ことは難しくないのでしょう。
けれども、わたしたち人間は左脳優位思考で成り立つ社会に生きています。
わたしたちのエゴは、この世の中で生き残るために左脳思考を重視して、なかなか右脳を使う機会を与えてくれません。
また、わたしたちのインナーチャイルド(子ども時代のトラウマの記憶で発生した副人格)も、事あるごとにトラウマの記憶を蘇らせて過去の感情を再燃させてわかってもらおうとします。
こうして、わたしたちは、エゴが描く制限だらけの未来やネガティブな感情の詰まった過去の記憶の再生に無意識にフォーカスを向け、「今、ここ、この瞬間」の量子的現実創造のスポットを見逃してしまうのです。
身体のある「今、ここ、この瞬間」の量子的現実創造のスポットに望む未来を先取りして、思考と感情と身体が三位一体になった意識を照射すれば、神羅万象万物に歓迎されているような展開が自然な流れでやってきます。
エゴにもインナーチャイルドにも邪魔されず、「今、ここ、この瞬間」の量子場に意識を向けるとしたら、瞑想が最も適しています。
そして、瞑想で「今、ここ、この瞬間」に意識を集中させるなら、右脳が適役なのです。
たった15分間だけでも静かに座って目を閉じ、ゆっくり深い呼吸を続けると決めたなら、その15分間は左脳の休憩時間になり、右脳は空想やイメージの機能を使って遊ぶことができるのです。
たとえ15分間でも瞑想している間は、時間空間の制限を超えた別世界に移行できます。
それを何度も繰り返し体験していると、身体は「今、ここ、この瞬間」にいながらもアナザーワールドに繰り返し訪れている感覚を得るのです。
瞑想で望む未来のゴールに繰り返し訪問していれば、身体はそれを実際に起きていることと思い込み、「今、ここ、この瞬間」にいながらも望む未来を自然に受容する態勢が整います。
次回も「あなたという習慣を断つ」の解説を予定しています。
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新メニュー(月の欲求・土星の制限の観念書き換えワーク、キローンの苦手意識を強味に変えるワーク)が加わりました。
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