こんにちは、リブラです。

今回は「ミルトン・エリクソン心理療法<レジリエンスを育てる>」の第7章の解説です。

 

*見つめられるのが耐えられない少女

 

大きな不安を抱え、極めて硬直的かつ限定的な行動しかとれない少女がエリクソンの診察室にやって来ました。

 

彼女は服を着るのも、郵便物を読むのも一連の儀式があり、特定のものにしか腰を下ろさず、常に自分を清潔にしておかなくてはならないという強迫観念がありました。ときには、19時間もシャワーを浴びることさえありました。

 

エリクソンは「自分の身体をきれいに洗おうとしているとき、どのような強烈な不安を感じますか?

わたしに話したいだけ話してください」といいました。

 

すると彼女は、自分がとてつもない不安にすっぽり飲み込まれてしまうことを、なんとかして伝えようとけんめいに話しました。

 

彼女は不安があまりにも強く、それを話すこと以外にまったく気づいていないのを彼女自身が確信したので、それにエリクソンも同意しました。

 

そして、エリクソンは、いかにも興味深々とばかりに彼女に尋ねました。

「そのとんでもなく恐ろしい不安にそこまで飲み込まれてしまったら、もしわたしがあなたのことをじっと見つめていても気にならないでしょうね?」

 

このとき彼女の歯の間から、カタカタ恐怖に震える振動音が聞こえました。

でも、エリクソンのこの妙な質問が、少女の硬直したものの見方を破りました。

 

「いやきっと、それだけ不安に飲み込まれているんだから、誰がそこにいても気づかないはずですよ。

 

実は、不安に飲み込まれて、誰かが自分を見つめていることに気づかないっていうのは、そんなに悪いことではないのですよ。

 

そうはいっても、もちろんわたしは必ずシャワー室のドアをガタガタやるつもりですから、あなたは気づくのでしょうけど」とエリクソンがいうと、

 

少女は「わたしはそこまで不安じゃありません」といいました。

 

ー「ミルトン・エリクソン心理療法<レジリエンス>を育てる」ーより

 

夜の暗闇で「幽霊だ!」と思って恐怖に怯えたのに、朝になって眺めてみたら「柳が揺れているだけだった!」なんていう話はよくありますよね。

 

わたしたちは現実の物質次元のことをいろいろ考えて不安に駆られますが、ほんとうの恐怖は潜在意識の中にあり、実体がないもの(まだ起こっていない、いつ起こるかわからないもの)だから1番恐れているのです。

 

でも、これを白日の下にさらすと、顕在意識は「なんだ、幽霊じゃなくて柳だったのか。柳なんかちっとも怖くない!」ということになります。

 

この少女は得たいの知れない不安に脅かされて、すべてにおいて硬直した考えと生き方に閉じ込められていました。

 

潜在意識に潜む得体の知れない不安が1番恐いので、顕在意識は現実的な対策をとろうと儀式めいたことで「何か成し遂げたつもり」になります。

「○○したから、もう大丈夫」と応急処置で一時的に不安な自分を納得させるのです。

 

でもその応急処置では、得体の知れない不安の元を断つことはできず、次々と発生してくるので、1日中その対応に追われてしまいます。

 

第三者から見れば、彼女がしている清潔を保つための<儀式>は愚かなものに映りますが、当の本人はそれしか心を落ち着ける方法がないので必死です。

 

エリクソンはその必死さに目をつけて解決策を見出しました。

 

「不安だから身体を洗う行為」は無意識に脅かされてしていることですが、それをこだわりのある<儀式>化したのは彼女のオリジナル(自発的にやっていること)です。

 

だから、エリクソンが

自分の身体をきれいに洗おうとしているとき、どのような強烈な不安を感じますか?

わたしに話したいだけ話してください」といったとき、

 

彼女は自分が開発した<儀式>について、「男性に自分が身体を洗う動作をつぶさに説明している恥ずかしさ」を感じることなく、夢中になって話すことができたのです。

 

この話をしている瞬間の少女は、完全に不安とは無縁な状態です。

完全に不安とは無縁な状態とは、顕在意識も潜在意識も平穏でニュートラルな状態です。

 

少女の顕在意識は脅されて話しているのではなく、自らの不安をエリクソンに打ち明けて、潜在意識の苦痛を吐き出す行為を無意識にではなく意識的にやっているのです。

 

これは彼女顕在意識と潜在意識が共同創造でしている状態だから、不安はなく平穏でニュートラルな状態になったのです。

 

しかも、そうさせられたのではなく、彼女が自分で話し、自分で不安な状態から脱していることに気づいたので、その体験は自信につながります。

 

そして、19時間もシャワーを浴びる<儀式>をしなくても、不安を感じないで済む方法がわかったのです。

 

それは、潜在意識のほんとうの怖れに彼女が気がついたからできたことでした。

 

ほんとうは、身体が不衛生になることを恐れていたのではなく、自分が他者を不快にさせること(他者から非難されること)を彼女の潜在意識は恐れていたのです。

 

彼女の潜在意識の怖れをさらに深堀りしていくと、「他者から非難されること」は「他者から嫌われ、仲間外れになる恐れ」の危険があり、社会的な生物の人間にとっては「生き残りの危機さえ感じる恐れ」だったことが推測されます。

 

でも、実際に少女はエリクソンに自分が抱えている得体の知れない不安を吐き出し自分が身体を洗う動作をつぶさに説明することになりましたが、エリクソンに全く嫌われることはありませんでした。

 

そればかりか、それを語っている間の自分自身は全く不安がなく、話してしまった後で彼女の思考が身体に恐怖を伝え、歯がガタガタ鳴るほど震えさせたことを理解したのです。

 

つまり、硬直した思考による脳内劇場のミステリーで不安に苛まれるからくりを、彼女は知ってしまったのでした。

 

からくりを知ってしまえば、もう、その手には乗りません。

だから、少女は「わたしはそこまで不安じゃありません」ときっぱりいうことができたのです。

 

顕在意識が物質次元のことですべて解決しようとすると、心に潜むほんとうの怖れを無視してしまいます。

 

すると、その怖れを伝えようと潜在意識は不安を募らせ、顕在意識はさらに現実的な対処が必要と見当違いな行為を自分に強いてさらに制限をかけ、不安を募らせる悪循環を招くのです。

 

不安を感じたら、「どうしてそれが不安なの?」と聞いてあげる気持ちが潜在意識を癒します。

 

答えは返ってこなくても、顕在意識が潜在意識の不安を気にかけているのは伝わります。

 

もしも、直接命に関する不安なら、潜在意識は体感覚で訴えてきます。

心に蔓延る不安なら、顕在意識にそれを伝えたというだけで潜在意識は任務が果たせて安心するのです。

 

顕在意識も潜在意識も1つの身体を共有する運命共同体です。

ほんとうは足の引っ張り合いをしたいわけがありません。

 

顕在意識も潜在意識も共同創造で幸せな人生を創造したい思いは一緒なのです。

 

次回は「悪魔を出し抜け!」の解説を予定しています。

 

わたしのサロン、リブラライブラリーではあなたの心のしくみをホロスコープで解説し、心の制限、葛藤が引き寄せる現実問題にセルフヘルプで立ち向かえるようサポートします。

 

詳しくはこちらをご覧ください。

 

新メニュー(月の欲求・土星の制限の観念書き換えワーク、キローンの苦手意識を強味に変えるワーク)が加わりました。

 

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。