こんにちは、リブラです。

今回は「ミルトン・エリクソン心理療法<レジリエンスを育てる>」の第10章の解説です。

 

*規制された食事

 

重症の低体重児を3人もつ両親がエリクソンに助けを求めてきました。

 

特に母親は、栄養管理体制にたいへんな努力をしていました。

子どもたちが何をいつ、どのように食べるべきかについて考え、健康的な食事をいつでも摂れるようにしていたのです。

 

エリクソンは子たちの両親に

「課題は、子どもたちに食事を楽しむことを教えなくてはならないということです。

 

子どもたちに特別な食事を無理強いしようとしてはいけない。

食事に立ち入ろうとするのはやめるつもりだと子どもたちにいいなさい」とはっきり伝えました。

 

子どもたちに要求していいのは、1日3回、決まった時間にテーブルにつくことだけということになりました。

 

子どもたちは、母親が用意した食事を自由に自分で取って食べてよくなったのです。

 

エリクソンは母親自身の必要を満たすために、

「ジョニーが食べたものの記録を取ってください。

ウィリが食べたものの記録を取って取ってください。

アニーが食べたものの記録を取って取ってください。

そして、月末にそれらを合計するのです」といいました。

 

ひと月後に母親がまたやってきて、子どもたちは自分でバランスの取れた食事をしていて、体重も増えたと報告しました。

 

3人のうちのひとりは、ある日はレタスだけを食べてそれ以外は口にせず、別の日には肉しか食べず、また別の日にはパンしか食べませんでしたが、それでも体重は増えていました。

 

子どもたちは自由を感じて、ほんとうに大騒ぎ」だったと母親は食事中の子どもたちの様子を伝えました。

 

この自由と共に、身体の飢えが命じることについて、子どもたちの学びを増やす機会も訪れたのでした。

 

「ミルトン・エリクソン心理療法<レジリエンス>を育てる」より

 

この事例を第三者視点で眺めると、食の「自由」が損なわれることが子どもたちの低体重を招いていたことがわかります。

 

母親のネグレクトで栄養が足りなかったのではなく、むしろ、子どもの低体重を心配して栄養価の高いものをいつでも食べられるようにしていたことが原因だったのです。

 

おそらく、この母親は子どもたちの顔を見ると、「食べなさい!」を連呼していたのでしょう。

 

それにより、子どもたちは食べることが義務となり、「飢えを感じる自由」を奪われていたのです。

 

わたしの子ども時代とは真逆なので驚いてしまいますが、今の飽食時代ならばお腹が空いていなくても食べることを強いられ、「飢えを感じる自由」を奪われる機会の方が多いのかもしれません。

 

わたしには5歳下の妹と8歳下の双子の妹と弟がいます。

年が離れているので、わたしの子ども時代は下の子たちの面倒を見ることに終始していました。

 

学校が長期の休みに入ると、昼食はいつもわたしが用意しました。

 

わたしは母の料理とその出し方に不満があったので、せめて昼食ぐらいは1人分がちゃんと決まった量で配分される形にしたかったのです。

 

母は「今夜の唐揚げは1人3個までね」といいつつ大皿でまとめて出すので、好きなだけ食べることを許されている弟や父が食べるのを遠目に眺め、これじゃ1~2個しか食べられないやと残念な思いをしながら、マヨネーズがかかったキャベツをおかずにするのです。

 

だから、わたしと2人の妹たちは、好きなものを食べたいだけ食べるということに飢えていました。

 

わたしが昼食を作るときは、冷蔵庫に残った食材をいってリクエストを募るのですが、あるとき、末の妹がとても難しいリクエストをしたのです。

 

それは、「ソースのかかったハンバーグステーキが食べたい!」というリクエストでした。

 

母がいつも作るハンバーグは、直径2センチぐらいでケチャップしかかかってません。

それも個数制限があり、何個も食べられるわけではありません。

 

妹はデミグラスソースのかかった大きなハンバーグを食べたことがないから、それを食べてみたいとリクエストしたのでした。

 

そのとき冷蔵庫にあるひき肉はたった100グラムで、5人分のハンバーグステーキを作るのにはぜんぜん足りません。

 

でも、末の妹のリクエストに制限をかけずに作ってあげたかったので、たった100グラムで5人分のハンバーグステーキを作ることに挑戦しました。

 

そうはいっても、新たに食材を買ってはいけないことになっていましたから、具になりそうなものを家探し、防災袋のイワシの缶詰、ジャガイモ、パン粉、玉ねぎを使い、ステーキと呼べる大きさに何とか4個作ることができました。

 

フライパンで焼き目をつけた後、柔らかすぎて形が崩れるのを防ぐため、アルミ箔をかぶせてオーブントースターで中まで火を通し、フライパンに残った焼き汁とケチャップとウスターソースでデミグラスソースを作り、3皿分順番に仕上げて、妹たちと弟に配り、最後の1皿は母と分け合って食べるつもりでした。

 

ところが、わたしは作るのにクタクタで母に半分取っておいてというのも忘れて、全部食べられてしまいました。

 

結局わたしは、そのハンバーグステーキが美味しいのか不味いのかもわからずじまいでした。

 

その後何度も、妹たちから「あのわらじハンバーグ凄く美味しかったからまた作って!」といわれましたが、たいへんだから2度と作らないと断っています。

 

我が家では、気を抜くと人の分まで食べてしまう人がたくさんいて、「飢えを感じる自由」が常にありました。

 

だから、好きなものを自由に好きなだけ食べてみたい欲があり、わたしのきょうだいはみんな食べる楽しみを大切にする大人に育ちました。

 

今回の事例の子どもたちは、母から「飢えを感じる自由」を奪われたからこそ、身体が欠乏感を持つような食べ方(3食レタスしか食べないとか、肉しか食べないとか、パンしか食べない)をしてみたのでしょう。

 

身体が欠乏を感じて求めたものを食べるときの感動はひとしおです。

 

ヘモグロビン濃度が正常値の半分以下の鉄欠乏性貧血になって鶏レバーの生姜煮を作ったら、美味しくて止まらず、250グラムを1度に食べてしまったことがありました。

 

でも、正しい食事に管理されていたら、そんな自由はなくなってしまいます。

 

「自由」には、「自分の命は自分で守る責任」が伴いますが、人生の学びや感動も大きいのです。

 

次回は「人生の扉を開くマジック」の解説を予定しています。

 

わたしのサロン、リブラライブラリーではあなたの心のしくみをホロスコープで解説し、心の制限、葛藤が引き寄せる現実問題にセルフヘルプで立ち向かえるようサポートします。

 

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新メニュー(月の欲求・土星の制限の観念書き換えワーク、キローンの苦手意識を強味に変えるワーク)が加わりました。

 

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。