こんにちは、リブラです。今回は、ティール・スワン著「自分を愛せなくなってしまった人へ」の解説の続きです。

 

ツール26 ガラクタ一掃する

・自分の持ち物を整理する

 

物質的な世界は自分の意識が映し出されたものですから、自分の幸せや健康に役立つ環境を創造することは、紛れもなく自分を愛する行為です

 

あなたが片づけているスペースにある1つひとつの物をじっくり見ながら、次のように自分に尋ねましょう。

 

「これはわたしの最も高次の幸せに役立っているだろうか?これはわたしに幸せを与えてくれるだろうか?これはわたしが望む生活のビジョンに近づいたと感じさせてくれるだろうか?」

 

もし、答えがイエスなら、そのままにしておいてください。

もし、答えがノーなら、それを手放す時です。

 

「まだ捨てる準備はできていないけれど、自分の幸せのビジョンには合わない」とわかっている物は、箱に入れてしまい、後で決断することにしましょう。

 

そして、今ここで幸せになることが、あなたの持つすべての<物>よりも重要であることを覚えておいてください。

 

今回のワークで「これはわたしの最も高次の幸せに役立っているだろうか?これはわたしに幸せを与えてくれるだろうか?これはわたしが望む生活のビジョンに近づいたと感じさせてくれるだろうか?」と自分に尋ねたとしたら、日用品はほとんどノーになってしまいそうで反省しました。

 

問題なく使えればいいぐらいのレベルで選んでいるので、わたしと暮らしている<物>もかわいそうかもしれません。

 

本を買うときや新しい鉢植えを買うときはワクワクすることを基準に選んでいますが、服とか靴とかは着心地が悪くなければいいぐらいの観点で選んでいるから、幸せを与えてくれるだろうか?」の問いにはっきりイエスと言えなくなってしまうのです。

 

そのかわり、それらの物にはこだわりがないから執着もなくて、捨てるのは簡単にできます。

むしろ、手放すときに難儀するのは、こだわって手に入れた本ですね。ほんとうは全部残しておきたい。

 

けれど、そんなことをしたら本に埋もれた生活をしなければならないので、読み終わったら手放すしかない。

なかなか悩ましい問題です。

 

そういえば、昔、プレゼントしてもらった巨大なメキシカンセージの鉢植えの処遇をめぐって、人間関係を悪くしたことがありました

当時、わたしは布団が1枚干せるくらいのスペースのベランダしかなくて、そこに自分のお気に入りのプランターをぎっしり並べて育てていました。

 

そこに突然、巨大なメキシカンセージの鉢植えを2つもプレゼントされてしまった(わたしは全く望んでいなかった)のです。

メキシカンセージは宿根だし、恐らくもっと巨大化することが予想され、しかも、いただいたのは病院勤務でへとへとに疲れているときでした。

 

これ、両手に持って満員電車に乗って帰るの無理だわ。

持って帰ったところで、アパートのベランダに置くスペースはどこにも残されてない。

 

そこで、ふと思いついたのは、病院にそのメキシカンセージの鉢植え2個を置くスペースはないかな?というアイディアでした。

病院の植木を管理しているおじさんに話したら、階段の踊り場の窓辺の空きスペースに置いていいよ、と許可をもらって、そこで栽培することにしたのです。

 

そして、プレゼントしてくれた方は病院の職員だったので、「わたしの家は狭くて場所がないので、みんなが眺められる公共のスペースにいただいた鉢植えを置かせてもらうことにしました」と、事前に伝えました。

 

そのときその方はとくに怒った様子はなく、「あら、そうなの」という感じでした。

ところが、それから半年以上過ぎたとき、職員の宴会の席でその方が酔っぱらって絡んできたのです

 

「人がせっかくプレゼントしたものを、なぜ、家に持って帰らないんだ!」と怒鳴りつけてきました。

わたしが「説明したとおり、ベランダにスペースがないからです。部屋の中に大きな鉢植え2つも置いたら、わたしが寝る場所なくなってしまいます。病院での勤務が長時間だから、病院で育てた方が長く眺められると思ったからですよ」と言うと、

 

「持って帰るのが礼儀だろ!持って帰りたくないなら、捨ててしまえばいいのに!」と繰り返し怒鳴っていました。

酔っ払いだから、まともに話してしょうがないなと思い、その場でわたしは退散しました。

 

わたしはその帰り、もしも、ベランダにスペースがあったら、ほんとうにわたしはあのメキシカンセージを持って帰ったのだろう?と考えました。

 

わたしの心の声は「要らない。ほしくない。持って帰らなくて正解」と叫んでいました。

そこで、わたしはその心の声に向かって「そのせいで人間関係が壊れたとしても?」と尋ねました。

 

するとわたしの心の声は「わたしのベランダはわたしの聖域だもの。わたしの好きな植物しか置きたくない。わたしが大切にしているものを尊重してくれない人と形ばかりの人間関係が壊れたからって、何を失うというの?むしろ、その関係が壊れて解放されたんじゃない?」と答えました。

 

わたしはその心の声がわたしの安らぎのスペースを守ってくれたのだな、と理解しました。

人間関係の方を優先していたら、知らずに、自分のプライベートなスペースまで占領されるところだったと思いました。

 

人からのいただきものって捨て難いですけれどありがたく受けとったあとは、それによってプライベートなスペースを占拠させておく必要はないと思います。

 

自分が暮らしにくさを感じるならばその<物>を手放す選択をした方が、自分にとってもその<物>にとっても幸せな結果になることでしょう。

 

役に立たたず、邪魔な存在になってスペースを占拠しているのは、<物>にとっても良くない状態だと思います。

 

次回は「ヒロインの旅」、次々回は「マーガレット・ミッチェルのホロスコープリーディング」、その後「自分を愛せなくなった人々へ」に続きます。

 

わたしのサロン、リブラライブラリーでは、あなたの心のしくみをホロスコープで解説し、

心の制限、葛藤が引き寄せる現実問題にセルフヘルプで立ち向かえるようにサポートします。

詳しくはこちらご覧ください。

 

新メニュー(*月の欲求・土星の制限の観念書き換えワーク、*キローンの苦手意識を強みに変えるワーク)

が加わりました。

 

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。