こんにちは、リブラです。今回は「パスワーク」の解説です。

 

創造的空虚

・道は一見の矛盾のうちを通る

 

キリスト意識(人類の集合意識を通して可能な限りどこにでも広がっている)に対して、受容的になることは重要です。

それには、創造的空虚の原理を理解する必要があります。

 

多くの人はマインドを空っぽにすることを恐れ、絶えず忙しく何かを考えて埋めておこうとします。

忙しく考えることが途切れた瞬間の心の静けさを空虚である、虚しいと感じてしまうからです。

 

しかし、キリスト意識を受容するためには、内奥に「神としての自己」を保っていなければならず、マインドが思考や感情で忙しく働いている状態を手放し、静かで空虚な状態を抱きしめなければなりません。

 

この空虚さを助長して創造的冒険をするには、「空虚さから新たな充実が現れる」ことを理解する必要があります。

 

また、「受容的になりながらも、予想や焦り、希望的観測を持たない」こと「欲することに対しては具体的でも、その具体性は軽く中立的なものである」ことも必要です。

 

「内なる神としての自己」の働きはマインドの創造力をはるかに超えているので、具体性が妨げとなることもあるのです

 

マインドは自ら欲しているものを具体的に知りそれを掴もうと要求しないといけませんが、「内なる神としての自己」の大いなる視野に適応すべく、絶えず変化しなければなりません。

 

表層的なマインドは空っぽに、受容的になりながらあらゆる可能性に対して準備を整えておけば、最初は空虚に見える内なる静かと友になれるのです。

 

創造的空虚」を理解しないと、スピリチュアルな叡智を習得することや活用することは不可能です。

占星術も、数秘術も、タロットも、これらの知識を頭に記憶しただけでは、理解することはできません。

 

占星術だったら、星によって描き出そうとする魂の世界観。

数秘術だったら、0~9の数字によってこの世を表す創造主の世界観。

タロットだったら、78のカードによって神々の視点と人間視点で描く世界観。

 

「世界観」とは全体性で捉えて受容するものです。

スピリチュアルな叡智を理解するには、創造主や魂の「世界観」を受容して叡智を受けとる器を備えなければなりません。

 

知識の寄集めで叡智の全体がつくられているのではなく、外側の膜にまず「世界観」が存在するから叡智の中身が備わり、生きてくるのです。

 

スピリチュアルな叡智の「世界観」は、まるで授精卵の膜から始まり生命のスパークを起こすファッシア(膜・筋膜)みたいなものです。

 

全身を包み結合しているファッシア(膜・筋膜)は、生きた電気の網である。これは古代中国における経絡や氣の記述と非常に似ている。

また、コラーゲンは、電気伝導の特性もある半導体なのだ。この性質により、身体のすべてのものが電気的になる。

すべての細胞表面(生体膜)には、生命に不可欠となるポンブ(イオンチャンネル)が存在する。

このポンプは、2つのカリウムイオンを取り込むことと引換えに、3つのナトリウムを放出する。これによって細胞内は負の電荷を帯びる。その結果、細胞全体にわずがな電荷が生じる。

この帯電なしでは、細胞は機能しない。ポンプが数分間止まっただけでこの電荷はなくなり、細胞は死んでしまう。

「閃く経絡」より引用

 

今回のパスワークでは、創造主の「世界観」=キリスト意識を備えるために必要なことが書かれています。

それは、

「空虚さから新たな充実が現れる」ことを理解する。

 

「受容的になりながらも、予想や焦り、希望的観測を持たない」こと。

 

「欲することに対しては具体的でも、その具体性は軽く中立的なものである」こと。

 

創造主の「世界観」=キリスト意識は、ヒトの受精卵の膜みたいなものだとしたら、その始まりは何者にもなっていない空虚な状態です。だから、マインドを受容的な状態にしてその静かな空虚さに耐える必要があるのです。

 

「マインドを受容的な状態に静かな空虚さ耐える」練習として1番よいのは、瞑想することです。

瞑想が習慣になれば、この状態は心地よく、長く続けたいものに変わってきます。

 

そして、その瞑想に対して期待や焦りや希望的観測を持たないことも大切です。

静かな空虚さを持続しているとき魂意識が主導する状態になっていますから、エゴの意識の産物である期待や焦りや希望的観測でマインドを騒めかせると、振り出しに戻ってしまいます。

 

「空虚さから新たな充実が現れる」ことを理解する。

「受容的になりながらも、予想や焦り、希望的観測を持たない」こと。

 

が瞑想の習慣によってできるようになったら、

 

「欲することに対しては具体的でも、その具体性は軽く中立的なものである」こと。

 

という考え方をスピリチュアルな叡智に対して採用しましょう。

これは「欲することは具体的に、理解するときは抽象的にイメージの全体性を掴み取る」という意味です。

 

どうしてこんなことが必要かと言えば、

「内なる神としての自己」の働きはマインドの創造力をはるかに超えているので、具体性が妨げとなることもあるのです。

という理由からです。

 

スピリチュアルな叡智を理解するのは、神の分霊である魂意識にお任せしてしまえばけして難しいことではないのですが、物質次元をよりどころとするエゴが介入すると具体性を求めて叡智の全体性をバラバラにし、意味不明にしてしまいます。

 

エゴは抽象思考が苦手で、叡智に具体性を求めているうちに本質を取り除いてしまうのです。

叡智の本質は、目に見えませんから。

 

例えば、ホロスコープでグランドクロス(天体のアスペクトが4つの方向に90度の配置)を、試練の多い人生になると決めつけてしまったら、魂の意図を妨害することになるでしょう。

 

魂は「試練の多い人生」を望んでグランドクロスを設定したわけではないからです。

どんな魂も素晴らしい人生になることを想定してブループリントを設計するのです。

 

魂の視点では、4方向に葛藤して分散するエネルギーを統合し、奇跡的なエネルギーを生み出すためにグランドクロスを設定するのです。とても多角的な視野を持つ器の大きな人になり、その器に相応しい人生を生きるように計画しているのです。

 

魂意識には2元的な「良い・悪い」という考え方はないので、エゴの考え方(物質次元をよりどころに2元的に捉える)でスピリチュアルな叡智を理解しようとすると、失敗します。

 

瞑想により「静かな空虚さ」に慣れて魂意識に任せること覚え、拡大した意識で全体性のイメージを掴み、抽象思考を使うようになれば、スピリチュアルな叡智を日常生活で自然に採用するようになります。

 

そうなれば、自身のホロスコープとトランシットの星を眺めて一喜一憂することもなくなります。

むしろ、自身のホロスコープのためにトランシットの星が味方してくれているように見えてきます。

 

次回は「フレディ・マーキュリーのホロスコープリーディング」、次々回は「自分を愛せなくなった人々へ」、その後「パスワーク」に続きます。

 

わたしのサロン、リブラライブラリーではあなたの心のしくみをホロスコープで解説し、心の制限、葛藤が引き寄せる現実問題にセルフヘルプで立ち向かえるようサポートします。

 

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新メニュー(月の欲求・土星の制限の観念書き換えワーク、

キローンの苦手意識を強味に変えるワーク)が加わりました。

 

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。