北朝鮮でアメリカ人記者の裁判が行われ、労働教化刑12年の有罪判決が下された。全体主義国では、三権(司法、立法、行政)は分離されていない。権力者が法律を作り、政治を行い。そして同じ権力者が裁判を行う。判決は、権力者の思い通りに行われる。


 民主主義では、司法(裁判所)が立法、行政から分離されていて、為政者による圧制に対して対抗できる。行政が違法行為を住民に行えば、それを裁判に訴えて賠償させたり、違法行為をやめさせることができる。国会や地方議会が憲法に違反する法律を作って、住民を従わせようとしても、違憲立法には従う必要はない。裁判で違憲立法であることを主張すればいい。司法は、国民の最後の砦なのだ。


 日本の裁判は、起訴されると有罪率が非常に高い。行政(検察)と裁判所がつるんでいるのではないかと疑われても仕方がないほどだ。国民から選ばれた裁判員が判決を下す陪審員制度では、そうならないだろう。


 日本の裁判員制度は一審で重大犯罪だけだが、民主化への第一歩といえる。