自由主義(リベラリズム)と社会主義の対比は、進化論と創造論に似ている。

 創造論は、神と言う絶対的なものが存在し、人間も動物も植物も神が創造が作った不変のものと考える。社会主義では、共産党や社会党や政府など絶対的な存在として君臨する。そして、それらが計画した経済にしたがって、国民が活動するのだ。

 進化論では、神を想定せず生物は自由に存在している。生物は不変ではなく、環境に適応するように進化を続ける。自由主義も同じように、個々がより良くなる様に自ら変革し続ける。うまく適応できずに潰れてしまう企業もでるが、従業員が死ぬ訳ではなく、勝者に吸収されたり、新しい仕事を始めたりする。そして、より良い事業が生き残っていく。


 優れた社会が分かっている時は社会主義は無駄無く、そこに到達できるだろう。しかし、優れた社会か分かっていないときは、試行錯誤をして進化していく自由主義しかない。発展途上国では、先進国を見ればあるべき社会が分かっているから社会主義政策を取って追いつくことは簡単にできる。明治維新から高度成長期まで、日本はそうしてきた。


 しかし、先進国になってしまうと進むべき道が分からなくなる。その時、社会主義体制は非常に悪い方向に働く。官僚が進むべき方向が分からないのに間違った方向に進めてしまったり、官僚がその力で利権を確保しようとしたりする。