黒木さんから
- リセット人生・再起動マニュアル―人生お一人様一回限り 2000年成功人間学/黒木 安馬
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⇒ 女の決算書
ドイツの小さな公家の娘として生まれ育った16歳のエカテリーナは、
1745年に、ロシア女帝エリザベータの皇太子、ピョートルと結婚する。
賢明で野心的でもあったエカテリーナはすぐにロシア文化を身につけ、
宮廷やロシア人民たちの支持者を増やしていく。
1762年、女帝エリザベータが死去。
夫のピョートル皇太子が、ピョートル3世として帝位を継ぐことになる。
後に、夫のピョートル王が、エカテリーナを嫌って、離婚を企てていると知るや、
かねて情を通じていた側近の近衛大尉グレゴリー・オルロフを煽動して、
クーデターを起こし、帝位を奪い取ってしまう。
そして、ピョートル3世をグレゴリー大尉の弟に殺させると、
この男ともまた情を通じ、兄弟を手玉にとって、青春を謳歌したのである。
何とも凄まじい生き様であるとしか言いようがない。
江戸時代後期の1782年、伊勢の白子港から江戸に向かう最中に、
嵐にあって難破した回船、そのまま凍て付くアリューシャン列島まで漂流し、
木っ端で船を製造して島を脱出、大陸に漕ぎ渡り、
シベリア大陸6000kmを横断してペテルスブルグまで旅をし、
そのエカテリーナ女王に謁見、
涙ながらに故郷日本への帰国嘆願をした男、
約10年にわたる壮大な地球規模のドラマを展開した、
“おろしや国酔夢譚・大黒屋光太夫”の時代である。
とはいえ、皇帝としてのエカテリーナは、きわめて有能な政治家であった。
プロシャやオーストリアと結んで、ポーランドを攻め、トルコを脅かし、
次第と領土を広げていったのである。
国内的には、法制の近代化や、フランス啓蒙文化の導入をはかり、
国力の強化を推し進めた。
強大な国家権力を背景に、皇帝としても、また一人の女性としても、
思いのままの生き様を過ごした彼女は、
1796年、その波乱に満ちた67歳の生涯を閉じたが、
その一生はまさに比類のない激しさ、
あでやかさに包まれた人生ドラマの連続であった。
事実は、小説よりも奇なり!
というが、人生とは誠に不思議なものである。
彼女ほどの激しや、あでやかさはないとしても、
人それぞれの一生には実にさまざまなドラマが織り込まれている。
女性にとって、結婚などは人生ドラマの最大の山場といえるだろう。
人生の正念場とも言うべき仕事がいくつも待ち構えている。
一つには、子供を産み、育てていかねばならない。
二つには、夫の成功に力を貸していかなければならない。
三つには、ご老人や多くの人たちとの交わりをしていかねばならない。
そのどれもが、女性にとっては、かけがえのないものばかりであろう。
子供は母親の影響を強く受けて育つ。
それは、父親よりも、母親と接する機会が多いからである。
子供は粘土細工のようなもの。
母親が、この素材をどのように形どっていこうと、思いのままである。
子供は、母親のどんな小さな行動をも見逃さずに、
自分の性格形成の中に取り入れていく。
子供は、親の影である。
良い子供に育てるには、母親自身が正しい行動をしなければならない。
妻として、母親として、また一人の女性として、どんな姿を子供に見せるか。
それは、まさしくその子の将来を決定付ける重大なことなのである。
次に、夫はあなたの人生の支えである。
夫との協調に失敗すれば、すべての生活に破綻をきたす。
アメリカのマーシャル元帥夫人は、
その著書“夫とともに”の中で、妻の在り方についてこう述べている。
── 妻は、凧(たこ)の尻尾のようなもの。
凧の行くほうへ従っていく。
凧は、尻尾が重いと落ちる。
軽すぎると左右に揺れる。
うまく尻尾とバランスが取れていれば、高く上がる。
凧に必要なのは、適当な尻尾。
夫が家族のことで思い煩うことなく、
社会で存分に活動できるような、
良い家庭作りをする、
これは妻の第一番目の役割・・・。
また、家庭には老人との問題も付きもの。
親を持つ男性が結婚するときに、
一番心配するのは、嫁・シュウトメの問題である。
時代と核家族化が進行変化した今日、
考え方や風習も変わって少々古い統計だが、
女性の離婚率は、26歳から30歳に掛けて異常な高率を示している。
性格が合わないとか、夫が浮気したとか、家計が破綻したとか、
理由は色々あるだろうが、
その中でも、シュウト・シュウトメとの不仲が離婚の原因となっているケースが
増えているのはどうしたわけであろう。
また、結婚によって、独身時代には無かった色々のお付き合いが始まる。
夫の上役や同僚、先輩や後輩、取引先の人たち、飲み仲間、
色々な人が次々とあなたの前に現れることになる。
どんな人とも良い人間関係を保ちうる力を身につけておかねばならない。
こして考えてみると、女性も男性同様に、
まだまだ後があるとは言っておられないことにある。
上手に歳を取りなさい、という言葉あるが、
人生には、20代には20代の、30代には30代のやるべきことがちゃんとある。
つまり、一言で言えば、
女性としてより良い品性作りをしておかなければならないと言うことである。
20代には20代の、30代には30代の、人となりが必要なのである。
妻として、母親として、また一人の女性として、
多くの人々に愛され、親しまれ、尊敬される、人となりが必要となってくる。
その、人となり、つまり品性を見失ったとき、
私たちは無思慮となり、無節操となり、我ままとなって、人生に挫折していく。
女帝エカテリーナは、その時代の女性としては、
珍しいほどの気力と行動力の持ち主だったが、
不幸にして、女性としてのより良い品性作りには失敗していたようである。
彼女はピョートル大帝の後を受け継いで、
ロシア帝国を世界有数の大国に育て上げた。
だが、それは、人生の刹那を華麗に生き延びようとした女傑の一生ではあり得ても、
明るい人となりの世界で、堅実に、控えめに、さわやかに生き抜こうとする、
一人の平凡な女性の生涯には、決して及ぶものではないと言える。
妻として、母親として、また一人の女性として、より良い品性作りをどう進めるか、
これは決して、たやすいことではない。
だが、自らの幸せを築くうえで、これほど大事なことも、また他にはない。
アメリカの有名な心理学者、ビー・スイートランド博士は、
“人間が不幸になるのは、その人の心の中に、自己への憐れみ、
妬み、自己主義、悩み、などの、歪んだ回路があるからだ”、と言っている。
彼の説を要約すると、次のようになる。
自己への憐れみの強い人とは、
私は所詮、女だから・・・とか、私は身体が弱いから・・・とか、
自分の弱みを売り物にして、他人の同情を勝ち取ろうとする人。
いつも深刻な顔をして、愚痴ばかりこぼしている。
ねたみ心の強いひととは、少しでも自分より幸せな人を見れば、
羨ましくなる人、他人の幸せを見るたびに精神の安定を失い、ヒステリックになる。
自己主義的な人とは、文字通り、自分本位に物事を考えたがる人、
自分は人の世話にならずとも、生きていけると考えている。
わがままで、怒りっぽく、強引な人と思えば間違いない。
悩み多き人とは、物事を、暗く暗くとらえていく人。
何事かあると、すぐに最悪の状態を想像し、深刻に深刻に考え込む。
いわゆる、ノイローゼ型。
スイートランド博士は、
人間が幸せになるためには、こうした精神の破壊要素、つまり不幸の種を、
心の中から綺麗さっぱりと放逐してしまう必要があるといっている。
幸せとは何か?
交通事故で片足を失い、
絶望のふちに身を横たえていた一人の若い女性が、
ある日、ふとした光景から、その真理をつかみ、健気にも生きる努力を始めた。
彼女は、その手記の一節に、こう綴っている。
“ある日、窓から外を眺めていると、
マンションの前に数台の引越しトラックが見えました。
移ってくる人もいれば、出て行く人もいます。
ある人は街から郊外へ、ある人は郊外から街へと、移動するのです。
この人たちは、なぜ引越しするのだろうか?
私は、ふとそう考えました。
そうだ、幸福を見つけるためだ! と思いました。
彼らは、居場所を変えることで、
もっと増しな幸福を手に入れようとしているのだ、と気づきました。
その夜、巡回の榊原先生に、そのことを話しました。
榊原先生は、やっと元気になったようだね、と言いながら、
私に、こんな話をしてくれました。
幸福というのは、その人と一緒について回るものだよ。
行く先にあるものではないのだよ。
あの人たちは、それだけで幸福を見つけ出すことは出来ないだろう。
人間の幸福とは、人々や物事に立ち向かう、自分自身の心の中に在るものだ。
ある人は、ある環境で、とても幸せかもしれない。
またある人は、同じ環境でも、不幸せかも知れない。
それは、幸福が、その人の心の中に在るから・・・だね。
君は、足をなくした。
だが、そんなことは大したことではない。
心までは、無くしていないからね!
そう、心の住み家をな!
──私は、とても感動しました。
私は、もう一度、生きてみようと決心しました”
