黒木さんから
⇒ 日露戦争と牡蠣殻(かきがら)
1904年(明治37年)2月8日、中国の黄海に突き出た遼東半島先端部にある旅順港に
停泊中のロシア軍艦に日本の水雷艇が奇襲攻撃をかけ、ついに日露戦争がおきた。
翌38年5月27日、3日間にわたる対馬沖での日本海海戦開始。
「本日天気晴朗なれども浪高し」、攻撃時の電文で有名になる、
連合艦隊作戦参謀海軍中将の秋山真之(さねゆき)の文である。
司馬遼太郎「坂之上の雲」にも出てくる、正岡子規の親友で、元木が演じる役だが、
信号文、太平洋戦争での特攻隊でも使われ続けた、
「皇国の興廃この一戦に在リ、各員一層奮励努力せよ!」も、秋山の作である。
連合艦隊はロシアのバルチック艦隊を、日本海で撃滅し、世界中をアッと言わせた。
ロシアの誇るバルチック艦隊は、38隻のうち20隻を撃沈され、16隻を捕獲され、
逃走できたのはわずか2隻という惨憺たる有様で敗北した。
これに対し、日本側は、水雷艇3隻を失っただけの軽微な損害だけに留まっている。
本側の損害は駆逐艦1大破、水雷艇数隻沈没で、主力艦は中破すらほとんど無いという、
ほぼ無傷といっていい軽損であった。
佐世保軍港に戻ろうとする日本艦隊を、対馬の捕虜収容施設で見たロシアの上級将校は、
まるで海上演習を終えて帰って行くかのような日本艦隊の姿に呆然とし、
「我々は霧の中で影に向かって大砲を打っていたのではないか?」
「あの数千発の弾はどこに行ったのだ?」と、衝撃を隠さなかったという。
最新鋭戦艦4隻を擁し、世界最大・最強レベルと思われていた、
スエーデンやフィンランドに面するバルチック海に基地を置くロシア巨大艦隊が、
日本海海戦で忽然と消滅した事実は、日本の同盟国イギリスや仲介国のアメリカすら驚愕させ、
英タイムズ紙など有力紙が、事実確認のため発表を遅滞させるほど世界中を呆然とさせた。
また、この大敗が反ロシア帝政の植民地や革命団を大いに活気づけ、
やがてロシア革命によってロマノフ王朝倒壊につながっていく。
日本海海戦は、おそらく世界海戦史上最も完全に近い勝敗であり、
各国の軍事研究で広く注目を集める海戦でもある。
イエローモンキーと蔑称されたアジア黄色人種が、初めて文明先進国・白人を撃破した戦いとも言える。
これがきっかけとなって、世界の有色人種植民地の独立運動へと広がる。
それは、日本軍側が強すぎたのであろうか?
それとも、軍艦の性能に違いがあったのだろうか?
それとも、二人の司令官の力量に違いがありすぎたのだろうか?
日本側の歴史は、司令長官・東郷平八郎の敵の意表をついた大胆な艦隊戦術が勝ちを決めた、
としているが、実はその裏には、バルチック艦隊の敗因となった重要な事実が一つ隠されているのである。
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健全な身体に、健全な心は宿る。
西暦100年ごろのローマの詩人ユエナーリスの言葉である。
健全な身体と心を持つことは、悔いのない人生を全うするための真理。
我々が、この車の両輪を人生の目的に向けて、
つつがなく廻し続けるには、どうすれば良いのだろうか。
現代はかつての“欲しがりません、勝つまでは”の時代と比較すれば、
余暇時代とか、レジャー時代とか言われて、
休日の増加やレジャー施設の増加は目を見張る勢いである。
ところが、これはそもそも、レジャーという言葉を余暇と訳したところに最初の間違いがあった。
レジャーの語源は、ラテン語の「許されている」の意味で、
仕事から解放されての休息、レクリエーションに使う自由時間を言い、
日本語のレジャーには余暇を利用して楽しむことの意味があるが, leisure にはその意味はない。
レジャーとは、本来はスクール、school、ギリシャ語の「余暇」→「余暇を利用して学ぶ所]の意味で、
つまり学校と同じ語源から出てきた言葉で、正しくは“自己完成の時間”と訳すべきものだったのだ。
レジャーは自分を完成させるための道具であり、それを余暇に取り入れて行うところに意味がある。
我々は人生をよりよく生きるうえで、さまざまの努力をする。
その努力を継続させるには、精神・肉体のエネルギーが必要である。
そのエネルギーを生産・供給してくれるのが、レジャーであり、余暇の役割。
健全なるレジャーのアルファ波は、精神・肉体の蓄積したベータ波の疲労を取り除いてくれる。
仕事の合間の貴重な余暇には、そのような健全なレジャーを取り入れるべきもの。
もし不健全な余暇の過ごし方を続けると、我々の精神・肉体には次第と疲労が蓄積して、
生活のリズムが乱れてくる。
倦怠感が募り、集中力が減退し、何事に対してもやる気がなくなる。
ちょうど長い航海を続けた船が、船底にへばりついた牡蠣殻のために船足をがっくりと落とすように、
生活全体に張りやスピードがなくなり、ここぞと言う時に本物の力が出なくなる。
バルチック艦隊の無残な敗北の理由の一つに、実は、この牡蠣殻にあった。
当時は、東方の地の果て、日本海にはロシアの要塞「ウラジオストック」があり、
日本や太平洋に大きなにらみをきかせていた。
ウラジオストックとは、“東方を征服せよ!”の意味である。
彼らの艦隊はバルト海の母港を出てから、数ヶ月もの間、立ち寄る港もなく、長い航海を続けてきた。
北海を経て大西洋に出て、それから地中海へ、そしてエジプトのスエズ運河を通って
インド洋に向かうのが最短であるが、スエズ運河は日本の同盟国であるイギリスが支配、
大型艦はスエズ運河の通航ができず、大西洋を大回りしなければならなかったのである。
気の遠くなるような大西洋とアフリカ南端の喜望峰を回ってインド洋への大航海、
マレー半島を迂回して、ようやく太平洋を北上・・・地球一周するくらいに感じる長距離移動であった。
航路途上の港での補給や修理は、英国などの同盟国の根回しと強い抗議で困難であり、
半年間にも渡る航海の毎日は困難を極め、航海中に多数の乗組員が死亡したと記録がある。
長い航海で水兵は疲弊、開戦後3時間でロシアの軍艦は次々と撃沈・大破され、
残存した艦艇も打撃がひどく航行不能になって自沈したのである。
が、まだそこには、大きな原因があった。
日本海に達したときには、その艦底には、牡蠣殻が幾層にも付着して、船足は70%以下にダウンしていた。
相手に迫るどころか、意のままに動き回ることすら出来ない状態で、彼らは戦わざるを得なかったのである。
一方、日本艦隊は、牡蠣殻を取り、十分な整備をして待ち構えていた。
これはもう、戦わずして、最初から勝敗は決まっていたと言える。
我々も、精神と肉体に牡蠣殻をつけたままではいけない。
それでは長い人生行路を、思い通りの船足で走り続けることは出来ない。
時には余暇の港に立ち寄り、付着した牡蠣殻を落とし、快適な航海ができるように、
また、いざと言う時に、いつでも必要な力が発揮できるように、
常に万全の気配りをしておかなければならない。
では、どのような余暇の港に立ち寄るのか?
どんな余暇の過ごし方をするか、ここが肝心なところである。
若い男性ならば、スポーツ、女性ならば旅行など、最適かもしれない。
最近の若者たちは全体的に体力が低下してきているのは事実。
学校を出て社会に入ると、俄然その傾向が目立ってくる。
運動不足であろう。
4人に一人はスポーツに参加する縁のない生活をしているとか。
中には、どうもすっきりしない・・・と言いながら、終日家にこもって過ごす人が少なくない。
これなど運動不足と、気鬱症の最大の原因である。
健康体とは言えないが、さりとて、病人でもない。
このような、半健康人が、現代では満ち溢れている。
人間は、精神的にも肉体的にも、刺激の少ない生活を続けていると、
副腎の機能が衰えて、かえって疲れが出るものだという。
精神と肉体の健全にとって、適宜の刺激を味わうことは、
人間が三度の食事を取るように、大切なことである。
昔から雷の多い年は豊作だと言われているが、麦踏みと同じで刺激や発奮前進の糧となるからだろう。
強烈な電圧の落雷による放電作用で大量のマイナス・イオンとオゾンを放出し、
広大な大気中の汚染物質を瞬時に取り除く浄化・殺菌を行うことによるとも言われている。
椎茸も、時には冷水に投げ込んだり、金槌で叩いたりして、
目覚ましショックを与えると良く発芽して、大きく育つ。
日々の様々な出来事も人生の香辛料だとエエ加減に前向きに捉えれば、また楽しい。
男性はスポーツ、女性は旅行、もちろんこの逆でも全く構わないが、
野球・テニス・ゴルフ・釣り・山登り・・・夏なら海水浴やダイビング、
旅行なら計画を立てて全国の名所旧跡を見て回る、お札所めぐりなども良い。
海外まで足を伸ばさなくても、日本には見るべきところがまだまだ沢山ある。
のんびりと、のんびりと旅を楽しむ。
商社で働いているK子さんは、毎月一回は小旅行に出かけることにしているとか。
時には仲良しグループと、時には一人で、自由に伸び伸びと二日の旅を楽しんで帰るとか。
そして、帰りの車中ではいつも次のプラン作りをする。
そうしておくと、それからの一月間がとても楽しみに過ごせるとか。
あっと言う間に過ぎてしまう感じだとか。
何だか自分だけが人にない幸せを持っているようで、毎日毎日がとても充実した気持ちで過ごしています。
弾むような明るさで、そう語っている。
Restaurantは、Restore(復元させる)から来ているが、食で体力と健康を復活させるとの意味がある。
我が家で食べるのも良いが、たまには外に出て、Restaurantで奮発して美味しいものを食べてみるのも
これまた楽しいことである!
ピカソを精力的な創作活動に向かわせたものには3つあったとか。
彼の口癖から推測できるのは、
『イタリアの家に住み、中国人のコックを雇い、日本人の妻を持つ。これ理想とする復活剤!』
と言っていたとか。
思い切って、自分の殻から外にでてみよう、きっと人生の牡蠣殻がボロボロと落ちるだろう。
『運命は、あなたの心の中にある』・・・ヘルマン・ヘッセ
