黒木さんから


⇒ 「CLAIMは、あなたへの熱烈なラブレター!」

ある大学教授が、面白い実験をした。
大手の電機メーカー数社に対して、ある録音機器に関して共通の欠点を指摘した意見書を、
差出人は個人名で書き送った。

A社は無しのつぶてだった。
B社は、出来合いの礼状を送ってよこした。
C社は、それよりいくらか増しな礼状を送ってよこした。
D社も、E社もほぼ似たようなものだった。

だが、F社だけは違っていた。
F社の担当者だけは、ただちに教授の下へ駆けつけてきた。
そしてクレイムに対するお礼を述べると、その改善について、教授の意見を熱心に求めたのである。

面白いことに、この時に示した各社の熱意の度合いが、そのまま当時の株価の順位と一致していたことである。

さて、あなたは、どうであろうか?
クレイム問題について、常日頃どう考えているだろうか。
嫌なものだ、やっかいなことだ、客のわがままが多い、できるだけ関わり合いたくない・・・
まあ、大方は正直なところ、私も同感だが、こんなところだろう。

だが、ちょっと待っていただきたい。

CALIMとは、“苦情”と訳されるが、ラテン語の語源では“叫び”である。
であは、何に向かって叫んでいるのか?
よほど必要でない限り、動物も人間も叫ぶようなことはしないものである。

クレイムというのは、本来は無ければ無いに越したことはない、必要悪のようなものだ、と言った人もいる。
このことは、実にクレイムの本質を突いた至言である。

では、クレイムの本質とは何であろうか?
まず第一に、クレイムとは、この世に企業活動が続く限り、決してなくなるものではないということ。

企業は、ヒト・モノ・カネの3つの柱によって経営されている。
その中でも、ヒトの果たす役割が中心である。
商品力や資金力は、その補助的部分といっても過言ではない。
多少、商品力や資金力に問題があったとしても、それを扱うヒトが優秀であれば、大抵は何とかなるものだ。

ところが、ヒトに問題があるとすれば、そうは行かない。
優れた商品を扱っていながら、倒産する会社もあれば、
有り余る資金力を持っていながら、やがて行き詰る会社もある。
企業経営にとって、ヒトとはそれほど重要なものでる。
まさに、拙著で書いた、“あなたの人格以上は売れない!“ なのである。


あなたの「人格」以上は売れない!―国際線チーフパーサーが教える好かれる人の「心配り」/黒木 安馬

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クレイムは、そのヒトとヒトの関わり合いの中から生まれる。
取引上の約束事にしても、その根本は、ヒトとヒトとの信頼上の取り決めである。
経営が、ヒトとヒトとの関わり合いである以上、この関係から間違いを根絶してしまうことなど、到底不可能なこと。

第二に、クレイムは企業活動の、いわばヒューズのようなものである。
クレイムが発生することにより、それ以上の過ちを犯さなくて済む。
それだけではない。
その小さなトラブルが、時として、企業に大きなメリットを与えてくれることがある。
例えば、そこから思わぬ改善への手がかりをつかむことが出来るし、
その内容を吟味することにより、新製品の開発や、市場創造のヒントをつかむことも出来る。
さらに、クレイムを受けることにより、働くヒトたちの、たるんだ心を引き締めることも出来る。

言うなれば、クレイムとは、未来への価値を見出す貴重なご意見状なのである。

事務用品販売のK君は、ある時こんな体験をした。
以前からせっせと通いつめていた見込み先が、とうとうK君の熱意に負けて、小口の注文を一つ出してくれたのである。
K君は大喜び。
わずかな金額のちっぽけな注文だったが、
これでやっと突破口が出来た、上手くやっていけば、いずれ間口を広げていける、と思った。
翌朝、さっそく納品に出かけた。
担当のE課長は不在だったが、代理の女性が受け取って、代金を払ってくれた。
数日後、K君はお礼を兼ねて、その会社に立ち寄った。
ところがK君の顔を見るなり、E課長は、真っ赤になって怒り出したのである。
『君のところは客をだまして売りつけるのか! そんな商売を君の会社ではしているのか!』
K君は、びっくりした。
よく話を聞いてみると、とんでもない失敗をしでかしていることが分かった。
というのは、先日の受注の際に、
一個40円でお納めしますと確約したにもかかわらず、
事務上の手違いから、41円で請求して代金を受け取っていたのである。
K君は伝票を確認しないまま、相手に渡してしまったことを思い出した。
『ああ、わずか1円のことだ、銭金のことは言うまい。
だが、私は君の熱心さを買って注文を出した。
いわば、君の心に、心で応えたつもりだ。
その私の心に、君はいったい何を持って応えたことになるのかな?』

K君は言葉も無く、うなだれてしまった。
あの時に、伝票を確認しなかったことを心から悔やんだ。

翌日、K君はもう一度、E課長を訪ねて、心から謝罪した。
だが、相変わらず冷たく突き放されてしまった。
翌日も出かけた。
翌々日も出かけた。
『今回のことは私の責任です。お詫びのしようもありません。もう一度、私にチャンスを下さい!』
K君は必死に訴え続けた。

そして、五日目。
初めて、E課長の顔にほころびが見えた。
『だいぶ応えたようだな』
『はい、答えました』
『分かってくれたかい?』
『はい! 分かりました!』
『うん、じゃあ、もうよしにしよう。人間誰しも間違いはある。
困るのは、その間違いを間違いと気づかないことだ。
ま、その点、君は懸命に上手くやった、もう一度あの品を納めてもらおうか。
数量はこの前と同じだ。今度はしっかりと頼むよ!』

K君は、その日、納品書を自分で書いた。
三度も破いて書き直した。
以後,K君は、伝票を必ず確認する、クレイムが発生したら、何をさておいても、飛んでいく、
許してもらえるまで通いつめる、
を鉄則としている。

さあ、今日から、クレイムに対する考え方を一新しようではないか。

クレイムは顧客の信頼の証である。
一流の会社にはクレイムが来るが、二流の会社には来ない。
二流には、最初から期待なんぞしていないからである。
信頼されているからこそ、期待されているからこそ、なのである。
クレイムが来るということは、まだ一流とみなされている証左なのである。

会社にとって怖いのは、本当は、苦情を言うお客さまよりも、何も言ってこないお客さまである。
SILENT-MAJORITY(無言の大多数)、
なぜなら、このお客さまはもう二度と買ってはくれないのだ。
JALに対して満足だったお客さまは三人に宣伝してくれるが、
不満足だったお客さまは、何も言わないで降機してから、二度と乗らないどころか、
11人に対して悪口をふれ回る!!
という調査結果がある。

クレイムは創造の火花である。
例えどんな形にせよ、お客さまの苦情は、あなたやあなたの会社の成長へのアドバイスなのである。
その中には、きっと市場の欲求や、ライバル商品に打ち勝つ極め付きのアイデアが隠されているはずである。

クレイムは販売を広げるチャンス。
あなたが誠意を持って努力すれば、お客さまは心から満足して、以前よりもかえってよい関係が生まれるもの。

クレイムにどのような心で対処するか。
これは、そのままあなたの会社の未来図とも言える。

失敗したことが無いというのは、何もしなかったということだ。
何もしない、人生にも、企業にも、これほど悔い大きい失敗は無い。
ピーター・ドラッカー

さあ、今日あなたの電話に一本のクレイムが届いたら、誰よりも喜びましょう。
おのお客さまに心から感謝しよう。
即刻、解決に着手しよう。
誠意を持って処理しよう。
クレイムに新しい気持ちを持って接しよう。
クレイムこそ、最上の販売の態度。

料理を出したら五分以内に、納品したらできるだけ早い機会に、
わが子を送り出した親が心配するのと同じような心配りでお客さまのところに
様子と感想を伺いに足を向けているだろうか?
気配りと違って、“心配り”は、“心配”と書く。

お客さまを支配するような高圧的イメージの訳語、“支配”人・・・・
本来は、お客さまを常に思いやる“心配”人、が適訳かもしれない。

クレイムがあれば、担当者の他人任せで責任の押し付け合いをする間など無く、
まず自らすっ飛んで顧客の元へ馳せ参じているだろうか? 
サービスに、あなたの解説はいらない。
相手は解決を求めているのである。
クレイムはお客さまからの信頼の証しであり、最高の活きた情報源。
まずは“考動力”が明暗を分ける。
苦情の連絡を受ける側はたいしたことではないと思っていても、
クレイムを発信するお客さまは、大変な心のエネルギーを費やした上で行動に出ているのである。
それはすでに発火点から爆発点に変わっている時である。
モノではなく、心の対応を誤ると負の連鎖反応を引きおこし、取り返しのつかないことになる。
人間を殺すのに凶器はいらない。
人は言葉で殺すことができる。

現代は、ヘンリー・フォードの時代ではない。
自分はピラミッドの頂点に立って何も知らなくても、
スイッチを押せばそれぞれのその道の専門家が瞬時に現れて答えてくれるような考え方は時代錯誤。
どの最前線にいる一人が欠けても直ぐに自分が代替できるように
現状を把握していて駆けつける態勢が必要である。
逆ピラミッドにした上の底辺部分を自分一人で担うぐらいの気概を持たないといけない。
率先垂範。
社長が誰よりも一番忙しく働くのが当然であり、やらなければならないことである。

悪いラーメン屋と良いラーメン屋の違いはお分かりだろうか?
悪いラーメン屋は、お客さまが目の前で食べているのにかかわらず、
外に出てビラまきや呼び込みをやっている。
良いラーメン屋は、目の前のお客さまに味の感想を聞いたりして情報把握と改善に努めている。
顧客第一主義と言いながらもバックオフィスに引っ込んだままで、
目の前の現場には目もくれずに、毎日すぐに営業や接待ゴルフなどで外出しているのは本末転倒である。
金をかけなくても、金を払って貴重で活きた情報を提供してくれるお客さまは目の前にいるのである。
顧客と語らう重要さを忘れたマーケティングは愚の骨頂である。
“三みる”で、聞いてみる、見てみる、やってみるが重要。

足を運んできたお客さまが、あなたと出会い、あなたを好きになってもらえれば、どんな広告もいらない。
本当の競争相手は、同業者ではなく、目の前にいるお客さまなのであるから。

「どんなに優れた経営者が企業のビジョン、戦略をつくっても、
最前線の従業員一人ひとりが顧客に質の良いサービスを提供できなければ企業の成功は無い」 
(ヤン・カールソン「真実の瞬間」)

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受け入れるとは、感謝すること