きくたんさんから
『ただ見れば 何の苦もなき 水鳥の
足にひまなき わが思いかな』
天下の副将軍、水戸黄門で有名な、
水戸光圀の歌です。
「仕事仕事でいやになる。
あ~あ、たまには温泉旅行でもしたいなあ。」
と嘆く御仁の多い中、
水戸黄門は全国を慢遊して、
各地を観光しています。
お金は困らないだろうから、
地方の名産品を食べ、
温泉に入る。
腕っ節のいいガードマンを連れ、
旅先で気に入らない者は
「助さん、角さん、やってしまいなさい」
とこらしめる。
いざとなれば印籠を出せば
ひれ伏さないものは日本中にいない。
かくて今日も高笑いの慢遊記だ。
「いいな、水戸光圀は(-з-)」
と庶民からはうらやましい限りの人生に見えます。
その水戸光圀が歌った歌が
「川面に遊ぶ水鳥は
スイスイと気持ちよさそうだ。
ところが水中では暇なく足を働かせている。
私も、人知れず、
いつも心の休まることがないのだ」
"水戸黄門"光圀は詠じました。
事実、将軍綱吉とも常に不仲で、
心労を重ねたようです。
また66歳では
光圀の地位失脚を画策する重臣を刺殺しています。
上からは叩かれ、
下からは突き上げを食らう、
一管理職だった姿は今日と同じです。
いかなる人も、涼しげな顔の裏に、
渋面を隠しているのでしょう。
仏教では、
これさえあれば満足できる、幸せになれる、
と人々が躍起になって追いかけている地位や名誉も
「有っても無くても苦しみは変わらない」
『有無同然』と喝破します。
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挑戦せずにあきらめることはできない―マイケル・ジョーダンのメッセージ/マイケル ジョーダン
バスケットのスーパースター
マイケル・ジョーダンは、
スポーツの世界において、もっとも有名で、
カリスマ性をもった選手の一人です。
そのジョーダン、シカゴブルズ3連覇後の
シーズンオフに突如引退します。
全盛期にあっての引退は
「ジョーダンじゃないよΣ(・ω・;|||」
とNBAとメディアに衝撃を与えます。
引退の胸の内をこう語っています。
「 ときどき、僕がマイケル・ジョーダンじゃなかったら、って思う。
僕は朝食に子供たちと一緒にパンケーキを食べて、
幼稚園に送り迎えする、という
みんなと同じように、普通の家族として、
家族がやっていることをやりたいんだ」
世界一非凡な才能の男の憧れは、
平凡な生活にあったのです。
ところが、1年後にまた復帰。
理由を聞かれたジョーダンは、
「足の裏がかゆくて、かくために戻ってきました」
と言ったそうです。
憧れの(!?)平凡な生活がかなったものの、
家にいても何もやることがない。
1ヶ月もすれば飽きてしまう。
テレビをつければ、かつてのチームメイトが活躍している。。。
俺が出れば・・と足がむずむずしてくるわけですね。
その後、何度か引退と復帰をくり返しています。
苦は色を変えるだけで、
左肩の荷物を右肩に移すようなものなのでしょうか。
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浜崎あゆみの『appears』に
♪恋人達は とても幸せそうに手をつないで歩いているから
まるで全てのことが上手く いってるかのように見えるよね
真実(ホントウ) はふたりしか知らない ♪
とあります。
私は愛知の田舎から
東京に出てきたとき(当時18歳)
手をつないで歩くカップルが多いことが目について
うらやましい思いをつのらせておりました。
それまで女性ときちんとお付き合いしたことがなかった私は
【恋人達は とても幸せそうに手をつないで歩いているから
まるで全てのことが上手く いってるかのように見えるよね】
と思ったものです。
それから人生経験を重ね、
【真実(ホントウ) はふたりしか知らない】
と続くあゆの歌詞も理解するようになりました。
誤解、嫉妬、裏切り、和解、幾多の困難を乗り越え、
愛を確かめ合い、信頼を育んできた二人が
ついにゴールインする結婚式。
ところがこれで完成ではありません。
こんな辛らつな小話がありました。
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恋愛中の若いカップルが、
夜遅くまで公園のベンチで
ウソの言い合いの末、意気投合する。
結婚の現実は、だが甘いものではなかった。
次から次と子供が産まれる。
病気はする。
車で思わぬ事故を起す。
バブルがはじけて失業し、
ついに借金のアリ地獄に転落する。
"あなたは、お父さんから貰える山があると言っていたのはウソか。
こんな時に売ったら(`ε´)"
と、疑惑の眼で妻が責めると、
"お前は、愛情さえあれば、そんな山や財産は問題じゃないと言っていたのはウソかヽ(`Д´)ノ"
と、激怒して夫は反撃したという。
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▼彼女いない暦18年というときは、
一人で歩くのがさびしくて
彼女さえできれば満足できるように思い、
▼付き合いようになれば
浮気や心変わりが心配で
結婚できたら安心できると思い、
▼結婚したら、また悩んで、
こんなことなら独身のときのほうがずっと気楽だった、と嘆く。
恋人がいなくて苦しんでいるなら、
恋人ができたら苦しまないはず。
恋人のために苦しんでいるなら、
恋人がいなくなれば苦しまなくてよいはず。
有っても苦、無くても苦、
お釈迦様の『有無同然』の教説が身証されます。




