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岩元さんから


今回は「人は何の為に存在するのか?」について、お話しさせていただきます。

結構難しいテーマですが、わたしの勝手な解釈として聞いてください。

この問いに対して、人の視点でみるのではなく、人と関係する他の存在からみた人間のいる意味を考えてみました。
つまり、犬や猫からみた人間の価値、植物からみた人間、地球からみた人間等々。
ただ、この思考のプロセスを書き出すと、何百ページにも及ぶ論文になってしまいます。

ですので、結論だけを書かせていただきますと、地球および地球上の動植物からみた人間の価値は、「人間としか味わえない体験をさせてくれる存在」です。それもわたしたちが「神」と呼ぶ存在がもたらすようなスーパーな体験をさせてくれる存在です。

そして、これだけ聞くと、理解できないかもしれませんが、人間がいなければ宇宙に存在することもできません。なので、人間は人間以外のもにとって、自らの存在を保証する絶対的に必要な存在です。

「どうして?」と反論したくなるかもしれませんが、これを説明するのには紙面が足りなさすぎます。ですので、ここでは「ふーん、そうなの」というくらいに考えて受け止めてください。

さて、今度は人間は何の為に存在するかをもう1つの存在から考察します。

そのもう1つの存在とは、人を創造した天、神、宇宙の根源です。
ここでは便宜的に「宇宙」と呼ぶことにします。
宇宙にとって、人はどのような存在か?何の為に人を創ったのか?
これが正解とか真理だとか言うつもりは毛頭ありません。

あくまで、わたしの勝手な想像として聞いてくださいね。

まず、宇宙は全知全能ではないと、わたしは思っています。
もし、全知全能であれば、宇宙は存在しえないと思うから。
すべてがわかっているなら、存在することがあまりに空しいからです。

実際、宇宙は今でも成長しているそうです。例えば、地球と各銀河系の距離は、少しずつ離れていっている。つまり、宇宙が拡大しているということです。

なぜ、成長するか?
成長する目的は何か?


それは、新しい何かを「知る」ためです。
未知のことを体験し、それを知る。それが宇宙がやっていること。

宇宙は、さまざまな次元でできています。次元によっては、時間は直線的に進みません。だから、未来と現在、過去が同時に存在していたり、順番が逆のことだってありえます。

ちょっと想像つかないですけどね。でも、理論的にそのようなことが存在できるわけです。
なので、宇宙は未来に起ること自体は知っています。
しかし、知っているだけではダメなのです。知識があるだけでは、単なるデジタルな情報でしかないのです

宇宙は、体験したいのではないでしょうか?

例えば、イチゴがあります。
イチゴの味は、大まかに想像できますね。過去に食べたことがあればイチゴの味を知っています。
でも、実際にイチゴを買って、それを食べてみると、前に味わったものと味が多少異なるはずです。色合いも形も厳密には違いますしね。
体験は、その都度違うものです。

別の例でビジネス書を考えてみましょう。
同じ本を1回目読むのと、2回目読むのとでは、そこで体験する氣づきは違うはずです。
映画にしても同じです。
同じストーリー、結末、配役であるにも関わらず、1回目、2回目、3回目、映画の印象は毎回異なるはずです。

このように、宇宙は知りたくて、体験したくて、どうしようもない存在なのではないか?
だから、体験したいのだけれど、体験するには物質的な肉体が必要になります。
そのために、自分の代わりに体験してくれる人間を創造した。
人間を通して体験するには、それに必要な場所、植物、動物が必要になった。そのために、それらを創った。時間的には、人間より先に創ったもの、後になって創ったものがあるでしょう。

でも、確実に言えるのは、宇宙が体験したいことは、人間でしか宇宙にそれを伝えることができないのです。
そういう知性を宇宙は人間に与えた。
宇宙は、人間の未来を知りません。

というか正確には、その人間がいつ誕生し、いつ死ぬかは知っているし、その人間に起る出来事は知っているかもしれません。
でも、それをどのように体験の中で味わう(解釈する)かは、わかりません。
というか、その解釈を宇宙は知りたいのです。

だからこそ、人は、まったく同じ人は宇宙には不要なのです。全部、違う人を宇宙は必要としています。
そのために、違う環境、異なる性格、バラバラの顔や容姿、声といったように1人ひとりユニークな人を、使わしている。
・・・のではないかなぁ、って思いました。

人は、その死後、体重が35グラム減るそうです。
その35グラムは、何なのか?
それが人の本来のものなのかもしれません。

魂と呼んでもいいし、氣と呼んでもいい。わたしは、それをエネルギーと呼んでいます。
このエネルギーは、体験をもとめる性質をもったもの。
なので、わたしたちが使う言葉としては「好奇心」ということなのかなって思います。
以上です。

たまには、こうして難しいことについて考えてみるのも面白いですね。
こうして、このブログを最後まで読んだあなたは、まさに「好奇心」で知りたいと思ったから読んだのですね。
ありがとうございます。

Taka
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