きくたんさんから
『布施』とは、「親切」のことで
昔のインドの言葉では「ダーナ」といいます。
お釈迦様はインドの方ですから、
「ダーナ」といわれた言葉が
中国で「布施」と訳されました。
漢字を当てて「檀那(ダンナ)」と書くこともあります。
「うちのダンナときたら靴下も脱ぎっぱなしで物は散らかすし~(`ε´)」
と奥さんがぼやくように
なんとなく「ダンナ」という言葉は品のない感じを与えますが
「ダンナ」とは「与える人」のことなのですから、
元来は、夫に尊重の意を表した、いい言葉なのです。
それに対し、子供のことを「ガキ」と呼びますね。
「うちのガキが言うこと聞かなくて~」
といったように。
これは、仏教の『餓鬼』からきています。
『餓鬼』とは飢えた鬼ということ。
鬼とは「遠仁」と書きますが
「仁」に遠い、
「仁」とは慈悲のことで、
苦しんでいる人をほおっておけない、
なんとか楽しませたいと思う心ですから、
その慈悲に遠い、ということは、
苦しんでいる人がいても胸が痛まないし、
人を楽しませようという心もない、
そんな人のことを「鬼」というのです。
そんな鬼が飢えているのですから、
ますます自分のこと以外考えられないでいる
それが『餓鬼』です。
ですから『餓鬼』は
「くれくれ」と要求することしかしない人のことです。
ダンナは『与える人』
「どうしたらこの人をなぐさめ、元気付けることが出来るか」
を考える人。
ガキは『もらうことばかり考えている人』
「あの人が~してくれない」
と不平不満を持つ人です。
「お前はいくつになってもガキだなぁ。」
とは、年齢は重ねても人のことを考えられずに、
自分のことしか頭にない人をさして言われるのも
わかりますね。
「ダンナ」が面倒見なければならないのが「ガキ」です。
「ガキ」は「ダンナ」に養ってもらってます。
そうでなければ、「ガキ」は生きてはいけません。
ところがそんな「ガキ」も成長して、
やがては「ダンナ」となっていきます。
私もいつまでもガキであってはならないと思います。
一人前の「ダンナ」になりたいところです。
________________
「自ら持するに 厳然たれ
人に接しては、寛容たれ」
(自らに厳しく、人には優しく)
人格者の理想をいわれたものです。
▼「自らに厳しく、他人にも厳しく」
これもまた尊敬される上司、先輩であり、
この人なら、ついてゆきたい
と思う人物像でしょう
▼「自らにも甘く、他人にも甘い」
これは一般的な人たちの姿かと思います。
▼「自らに甘く、他人には冷たい」
これは最低です。
■「自らに甘く、他人に冷たい」
は論外ですが、
「自らも甘く、他人にも甘い」
に留まってはいけない。
「自らに厳しく、他人に厳しく」
これもなかなかできることではありません。
「自らに厳しく、他人には優しく」
これは目指すべき人格像だといわれます。
________________
感動を与える人は、準備が感動レベル!
