キクタンさんから
本を読むのも大事ですが、
ピンポイントで自分の必要なことを要領よく学べるという点で
しかるべき人と会うことの大切さを痛感します。
逆に言えば、人との出会いを躊躇して、
損失することの恐ろしさも実感するところです。
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成功者の書いた早起き勉強法の本を読み、
「そうだったのか
早起きはかくも大事なものだったとは
よし、今後は絶対に寝坊しないぞ
早起きで自分の生活を変えよう」
と決意する、とします。
ところが
『わかっちゃいるけどやめられぬ』
とはこのことか。
朝になると 「もっと寝たい」と
ものすごい力で自分を布団から離れさせない
「えーい、もう一眠りしちゃえ」と眠ってしまう。
この場合、「早起きしよう」と決意したのは、【私の心】。
熱い熱い決意をしたのです。
しかし、「もう一眠りしちゃえ」
と決めてしまったのも、ほかならぬ【私の心】。
・・・【私の心】は単純ではありません。
「私はこのことはわかっているよ」と思うのも私の心
しかし「わかっていない」のも私の心
自分の自覚している【私の心】はほんの氷山の一角でしょう。
海面下には巨大氷山が隠れているように、
自覚できない【私の心】が厳としてあります。
親鸞聖人はご自分の心を
『心は蛇蠍のごとくなり』
と言われています。
「親鸞の心の中には
醜い蛇やさそりがうじゃうじゃといる」
と告白懺悔されています。
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平成5年広島市で
小学1年の少女が殺害された事件がありました。
殺人と強制わいせつ致死などの罪で逮捕されたのは
ペルー国籍のヤギ・カルロス被告(38)でした。
最近、無期懲役刑を言い渡されたというニュースが流れましたね。
ヤギ被告は、
「悪魔が私の中に入った。
しかし、事件後、祈っていたら悪魔が抜けた」
と供述しました。
「あの時は僕じゃなかったんだ。」
と両親に泣きながら言ったと聞きますが、
あきれることに彼の性犯罪はこれで3回目だそうです。
過去2回も、悪魔が入ってきた、と話したとか。
そんな言い訳を通そうとする浅ましさを咎める人は
彼の周りにいなかったのだろうか、と思います。
またそんな犯罪を三度も繰り返しながら
なおまた同じ言い訳を繰り返すわが身しらずの厚顔無恥に
憤慨を禁じえません。
「オレは善良な人間だ。」
と自惚れていた者が
恐ろしいことをしでかした時に
無責任にも悪魔のせいにして、
自己を省みようとしないのは
犯した罪以上に
浅ましく、恐ろしく感じます。
罪を犯したときに
「魔が差してしまって・・・」
「気が動転してしまって、冷静ではなかったんです」
というのもよく聞きますが、
間違いなく己の心が指示して、
やってしまったことです。
他の誰かがその人の心を動かしたのではありません。
心理学者のユングは、
「疑いもなく、つねに人間の中に棲んでいる悪は、
量りしれない巨魁なのだ」
と言っています。
