体には血液
レースには資金
この中をワークスとプライベートが
せめぎあい戦っていく
アグリ
右京
タクマ
カズキ
時の流れに逆らえない
カムイと左近
日本のF1の夢を繋いでくれ~
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山本左近、HRT正ドライバー昇格/F1
左近が鈴鹿を疾走する!今季からF1世界選手権に参戦しているHRT・F1チームの控え選手で、夏休み前の3戦に出場した山本左近(28)が11日、サンケイスポーツ編集局を訪問。正ドライバーを継続し、10月8~10日に三重・鈴鹿サーキットで開催される第16戦日本GPに出場することを明らかにした。
左近が、3年ぶりに日本GPに出場することを明言した。
「F1に戻ってこれたのは大きなチャンス。日本GPでは100%以上の力を出したいです」
今季は開幕後の4月にHRTに加入。控えであるテスト・ドライバーの位置付けだったが、チームを率いるコリン・コレス代表(42)=ドイツ=とは02年ドイツF3で同氏のチームに所属して以来の縁。7月の英国GPから3戦連続で出場機会を得ると実績が認められ、継続参戦が決まった。
日本GPはスーパーアグリ所属の06年に鈴鹿、スパイカー(現フォースインディア)に所属した07年は富士を走っている。ジョーダンの控え選手として鈴鹿でフリー走行に参加した05年を含め、これで4度目の母国GP出走が確定だ。
チームの相棒は、94年サンマリノGPで事故死したアイルトン・セナ氏のおい、ブルーノ・セナ。
「アイルトンがいなかったら自分はドライバーになっていなかったことを考えると、特別な感慨があります」
母親のゆかりさんは、ブラジルのサンパウロまでセナの墓参りに行ったほどの大ファン。左近もセナにあこがれてレースを始めただけに、そのおいと同じチームにいる現実に不思議な縁を感じるという。
両親を前に、11歳で土下座した日が懐かしい。海外の選手が幼いころからカートに乗っていたことを知った左近は小学校5年生だった94年春、「一生のお願いですから、カートに乗らせてください」と両親に頼んだ。学校の成績を落とさないことを条件に、鈴鹿サーキットのカートスクール入学が許された。
「鈴鹿は子供のころから慣れ親しんだ場所。母国のファンに、自分の走りをお見せしたいです」。3年ぶりに帰ってきた世界最高峰のステージ。辛酸をなめた間も応援してくれた人々へ、最高のパフォーマンスを披露することを約束した。
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