平穏で過ごせる今に感謝しながら

前進できる状況に誇りを持つ


今おかれてる

全ての環境に意味がある


今日も精一杯

目指そう

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キクタンさんから


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南こうせつの『神田川』は、

しみじみと聴かせる歌詞です。

「生きる理由を教えて」ズバリ示された     親鸞聖人の明答

神田川のほとり、

三畳一間のアパートで

若い男女で同棲しているのですが、

その女心を歌ったものです。


なんといってもあのフレーズ

「若かったあのころ 何も怖くなかった 

 ただあなたのやさしさが怖かった♪」
ここが白眉だと思います。


「若かったあのころ 何も怖くなかった」


何も怖くない、と言い切る

彼女の強さはどこから来るのでしょうか。

留年も怖くない。

友人の悪口も怖くない。

親から勘当されるのも怖くない。


なぜ怖くないのか。

それは「あなた」がいるから。


「ただあなたのやさしさが怖かった」

(ただひとつ怖いものがあった。

 あなたの一挙手一投足が怖かった)

ということでしょう。


「あなた」という支えがあるなら

あとは何も望みません。

貧乏でもいい。

友達がいなくてもいい。

親からあきれられたっていい。

怖くない、

あなたがいるからです。


そんなすっかり身をゆだねる心情が

深ければ深いほど

その支えを失った時の悲しみや苦しみは

言葉にできません。


だからこそ

「あなたのやさしさがこわかった」

あなたの心変わりがこわかった、

あなたの表情や態度にびくびくしていました

ということでしょう。


どんな幸せも続かない、

一朝の夢、一夕の幻、

線香花火のようにはかないものと感じるから

やがて愛する人との別離の苦しみがやってくる。


愛別離苦の苦しみを予感して、

愛している人と一緒にいる最中から、

心からの安心ができず、

恐れおののき続けている、

そんな存在が私たちです。

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リューマチで絵筆を握れなくなった晩年のルノワール

それでも筆を持つ手を包帯でグルグル巻きにして、

執念でキャンバスに向かい続けました。


才能を発揮できない無念さを、

次のように語っています。


「手足がきかなくなった今になって、

大作を描きたいと思うようになった。

ヴェロネーゼや、

彼の『カナの婚礼』のことばかり夢みている!

 なんて惨めなんだ!」


私たちは自分の手や足は

自分の思い通りに動くと信じて疑わず、

毎日行動しています。


「愛するあの人は自分の思い通りにならない、

会社の部下は言うこと聞かない、

でも自分の、この手や足はいつも自分の思い通りに動いてくれる」

と当たり前のように思っているのですが、

ある日突然、この手や足までもが

自分の思い通りに動かなくなってしまう時がきます。


「今まで体が自由に動かせるのは

 当たり前ではなかった」

と痛感するときがあります。


ルノワールなら、そのときになって始めて

「絵筆が自由に握れるときにあれも描いておけばよかった、

大作も描きたかった」

と煩悶したのでしょう。


虎舞竜というバンドが歌っていた『ロード』という歌の歌詞に

「何でもないようなことが幸せだったと思う♪」

とありました。


あの時、部屋に帰れば明かりがついていて、

「おかえりなさい」と出迎えてくれた、

その「なんでもないようなこと」が幸せだったと、

失って始めて気づく。。。


大切なものが大切なものとわからず、

失ってしまったときに

如何に自分がそのことを支えにしてきたか、

頼りにしてきたか、

取り返しのつかないことをしてしまったか

初めて思い知らされるものです。


「いつまでもあると思うな親と金」

ということわざもあります。


いつもは口うるさい親も

失ってはじめて如何に大事にされてきたか、

支えてもらっていたかわかる、

そして孝行できなかった自分に悔やんで泣くのでしょう。


お金もある間は何の気なしに使いますが、

無くなって節約を迫られて

始めて金の重みを知るものです。


いろいろな事例をだしましたが、

健康も、恋人も、親も、金も、

わが身から離れ、悲しみに沈むときになってはじめて

いかにそれを愛し、支え、頼りにしてきたか

骨身にしみます。