18歳で家を出た

最初の4ヶ月で3kg

体重がダウン


淋しいからではない

家で当り前のように

自動配膳されていた食事


一人で作れないことに

気づく

キャンパスで友達と話す


そうか~自分で作るんだ~

こんなことさえ

一人にならないと気づけなかった


そこからが

自分の人生の始まり


学ぶ力と

生きる力は違うと

実感した


経済力

家の安定

家庭の平和


いかに平凡を維持することが

努力の上に成り立っているか

心から学べた


今も親に深く感謝

年中海外に国内に

旅行三昧をしてる姿に

敬意と尊敬の眼差し


生きることを

全て背中で見せてくれている

親に感謝

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キクタンさんから

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トライアルが成功の鍵
「これだ!」と感じたことは、小さな規模で
すべてやってみようという気持ちが大事だといわれます。


その想う心が深い方が必ず先に死ぬのだ。
その理由は、自分のことを後にして、
男であれ女であれ、
ごくまれに手に入れた食べ物を、
思う相手に譲ってしまうからなのだ。

従って親と子供では決まって、
親が先に死ぬ。


平成19年、中国・四川大地震で
死亡した母親の下から
乳児が無傷で助け出され、
人々の心を打ちました。

赤ちゃんをくるんでいた毛布から携帯電話がこぼれ出た。
画面には
「いとしい赤ちゃん。もし生き延びられたら、
お母さんがあなたを愛していたことを覚えていてね」の文字。

身を挺してわが子を守る、
母の深い愛情に胸が詰まります。


「這えば立て 立てば歩めの 親心

    わが身に積もる 老いも忘れて」


どこどこまでも子供の成長にのみ

心身ともせわしくしているうちに、

確実に老いは進んでいきます。


幼稚園に行きたくないと駄々をこねる私を

ひっぱる母の力はとても強く、

その背中も大きく見えたものです


今は一年に一回くらい帰省すると

「あれ、体こんなに小さかったっけ」

とだんだんしぼんでいるように思うほどです


ずっと心配させてきた自分のせいだといえます。

真の親孝行をしたいものです。


「夢なき者に理想なし。





 理想なき者に計画なし。

 計画なき者に実行なし。

 実行なき者に成功なし。

 故に夢なき者に成功なし」


幕末の思想家、吉田松陰の言葉です。

そして、松陰29歳、

安政の大獄で刑死された時の

有名なこの辞世の句だ・・


「身はたとひ 

   武蔵の野辺に 

      朽ちぬとも 


 留め置かまし

     大和魂」


この歌を聞いた門下生や

幕末の志士達の心が

炎のごとく奮い立ったであろうことは

その後の死をも恐れぬ彼らの活動からしても

想像に難くありません。


しかし松陰にはあまり知られていませんが、

もう一つの辞世の句があります。


そして私には

激しい革命家としての松陰より

むしろこちらの辞世の句に

一人間としての彼に

共感と感動を覚えるのです。


“親思う 

  心にまさる

     親心


 けふのおとずれ

   何ときくらん”


二十九歳で処刑される前、詠んだ歌です。


常に案じてくださっている親が、

自分の死を聞いたら、

どう思うだろうか。


「申し訳ない・・」


信念を貫いた松陰の胸にも、

込み上げてくるものがあったのでしょう。

「たとえどんなにあなたが重い病気でも、

 看病が苦痛だなんて思わない。

 勉強ができなくても、

 出来の悪い子だなんて思わない。

 あなたが『今』を生きていてくれるだけで、

 お母さんは嬉しいの。

 あなたは、大事な大事な子なの。

 だから自分を責めないで。

 『いらない子』なんかじゃない。


 お父さんとお母さんの娘は、

 後にも先にもあなたしかいないのよ」


その時、母の瞳から一筋の涙が流れました。

それはどんな宝石も敵わない美しさでした。

あの言葉がなかったら、今ここに私はいないでしょう。

この気持ちを言葉に表すのは到底無理です。

だから私は、たとえ世界中を敵に回しても、

母の味方でいる、と断言します。


(福岡県 18歳・女性)

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答えを知っている人は

イライラしない