キクタンさんから


『慢(自惚れ心)』についてお話しますが、

今日の内容はまったく自戒を込めて書きました(><;)


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評価を受けた時、

期待されている時、

素敵だと思われたとき、

あなたもそんな時あると思いますが、

こんな時は大変です。


諸行無常の世

くれぐれも人の評価は続かないことを

覚悟しておかねばならないと思います。


今は大事に思ってくれているのが

「なんだ、こんな人だったのか(ノ_-。)」

と一転、厳しい立場に立たされることでしょう。


そんな窮地に立たされる種は、

恵まれている時に蒔いているものです。


一番恐ろしいときで、

一番気をつけなければならないです。


人から大事にされる立場になると、

ともすれば横柄になって

手でしなければならないことを

足でするようになります。


ふりかえってみれば今までも

「これで大丈夫!」と油断した時に

失敗してきたものです。


【好事魔多し】


こんな状態が継続することは

もうありえないのですから。


恵まれた状態が続くと、やがては

「これぐらいしてくれるのは当たり前。」

こう思ったときに破綻が起きます。


当たり前になった時、

感謝の心がなくなります。


「これが当然、まだ足らん(`ε´)

前はしてくれたのに、最近しなくなった(`ε´)」


されないのが当たり前なのに、

それをしてくれたら感謝するのが当たり前でしょう。


恵まれるのは恐ろしいです。

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みえみえのうそでも

褒められると人間は弱いものだな



高校時代のクラスで取った記念写真が

教室で配られたときのことを思い出してみてください。


「生きる理由を教えて」ズバリ示された     親鸞聖人の明答


まず見るのは??

 ↓
 ↓
 ↓

自分の顔でしょう。


「変な顔してないかな~?」

「目、ちゃんと開いてるかな~?」


まあまあかな、とほっとして

次に見るのは
 ↓
 ↓
 ↓
片思いの、大好きな人


写真見るときでも

好きな順番、気にかかる順番からでしょう。



どんなに大好きな人よりもまず自分から、


という事実から、

如何に私たちが自意識過剰か

自分を大事にしているか

わが身に惚れているか

思い知らされるではないですか
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「このように自惚れまいとつとめる自分もできた人間だな( ̄^ ̄)」


と自惚れる心が出て参ります。

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うちの子に限って、とは、

【私が産んで育てた子ですから】

ということになれば、

自分への自惚れと言うことになりますよ


うちの子=“私”が産んで育てた子供


それをねっから悪いと思えないのは、

私をねっから悪いと思えないから

ということか。。。


結局のところ、自己への自惚れ、

ということになりましょう。

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いつの時代でも

世の中を動かすのは

若者の熱と力だ