黒木さんから
ある願いごと
伊勢神宮の深い森に囲まれた内宮への入り口、
静かで厳かな高台に文部科学省「修養団伊勢道場青少年研修センター」がある。
そこで長いあいだ所長を務めている中山靖雄さんは、
ある夏の日に沖縄の離れ小島へ子供たちを引率してキャンプに出かけていた。
総勢六人だが、
その中に生まれたときから両手両足が動かない障害を持った17才の洋子ちゃんもいた。
お母さんが眩しく照り返す砂浜で車椅子を押している時のこと、
「洋子ちゃん、今夜は七夕さまよ。この天気だと今夜はお星さまがとっても綺麗でしょうね。
短冊にお願い事を書いて笹に飾ると、神様が叶えてくれるそうよ。
みんなも書くそうだから、洋子ちゃんも何か書いてあげようか?」、
「別に何もないから書かない・・・」、
「そんなこと言わないで、何でも良いから書いてごらん」、
「だって、何もないもん・・・」、
「みんなドラえもんの竹コプターや、イルカに乗って沖縄に来られたらいいなとか、
夢みたいなことを書くのだから、
洋子ちゃんも手が動くようになったらいいなとか、
歩けるようになったらいいなとか・・・たくさんあるでしょ」、
「無いものはないもん!」、
「洋子! お母さんは、そんな可愛げのない娘に育てた覚えはないわよ!」。
洋子ちゃんは黙り込んで、遠くの海原へ目をやっていた。
しばらくして、お母さんはハッと我に返った。
何とくだらないことを言ってしまったものだ。
歩けるようになりたいと書いても歩けるわけがない、
手が動くようになどと願っても無理なこと。
この子をただ落胆させるだけのことなのに、無理強いしてしまった自分が情けない。
夕方になって、みんなはそれぞれの願いごとを短冊に書いて竹に吊るし始めた。
それを車椅子から見ていた洋子ちゃんが、中山さんにそっと聞いた。
「先生、神様は本当に願いごとを叶えてくれるの?」、
「そうだよ・・・本当に心から願えばね」、
「そうなんだ・・・。
じゃあ、本当に神様が私の願いを叶えてくれるなら、
先生、洋子の短冊にも一つだけでいいから書いてください!」、
「ああ、いいよ。じゃあ何と書こうか?」、
「神様、お願いだから、お母さんより一日だけ早く死なせてください・・・」。
中山さんは、想像もしなかった唐突な言葉に手が止まった。
17才で、おしめがはずせない子。
お母さんが死んだ後は誰がおしめを替えてくれるのか、
誰がお風呂に入れてくれるのか・・・。
切なさで胸が詰まる。
そこに、夕食の支度をしていて席をはずしていたお母さんがやってきた。
「洋子が何か書いてもらったのですか?」、
「そこに短冊が吊るしてあります・・・」。
お母さんは、喜んで短冊を手にとって読む。
やがて動きが止まり、それからしばらくは輝き始めた星空を仰いでいた。
そしてお母さんは、無言で自分の短冊に筆を走らせた。
そこには、こう書いてあった。
「もし神様がいらっしゃるなら、
贅沢かもしれませんが、
どうか娘より一日だけ長生きさせてください」、と。
その中山さんは、半年ほど前から糖尿病が悪化する病気で、完全に失明し、
傍には、みどり夫人がいつも手足となって付き添っている。
思い出の話を静かに語りながら、中山さんの瞳は潤んでいた。
そして優しく、こう言う。
「ありがとう、の反対は不平や不満ではない。
それは何でも“当たり前”と思う気持ち。
無いものを嘆くより、今あるものに感謝する素直さと謙虚さが大切・・・。
生まれただけですごいんだ、
生きていることがすばらしい、
昔むかしのその昔、
ずーっと続いて今がある、
ずーっと続いた命あり、
生まれただけですごいんだ、
生きていることがすばらしい、
今いまここのただ今を、
みんな仲良く助け合い、
よろこび勇みいきましょう、
生まれただけですごいんだ、
生きていることがすばらしい!」
石庭で有名な京都竜安寺のツクバイには、
口を中心にして右回りで“吾・唯・足る・知る”と読めるように彫ってある。
無い物を嘆くより、今あるものに感謝せよ・・・・との教えである。
人間は死に向かって生きているのではなく、
今という大切な時をいただいて生きている。
____________________
人生は、自己責任。
毎朝が新しい自分の誕生日、
自分と握手のできる新鮮な日々をお過ごしください (*^_^*)v
この世に生まれるまで母親の胎内に「十月十日」⇒「朝」の字になります。
子曰 朝聞道 夕死可矣 (朝(あした)に道を聞かば、夕べに死すとも可なり)
⇒今の自分と握手が出来る、いつ死んでも構わない充実人生を日々歩め!
_________________
自己実現は
他人の実現があってこそ
