キクタンさんから
【信じたものに裏切られた時に人は苦しむ】
「裏切られて嘆く人々の姿は見ておれない」
三従の女人という言葉があります。
▼娘時代は、父親に従い、
▼嫁入りしたら、夫に従い、
▼老いたら息子に従う。
常に男性に依存していなければ生きられなかった、
男性優位の封建社会の、女性のすがたを
いわれたものです。
今日の日本は、女社長、女性議員と
女性の社会進出が一般的なので、
あてはまらない場合も多いかもしれません。
しかし何かに支えられ、
頼りにし、信じなければ、
生きられない人間の実態という点においては、
同じことがいえると思います。
人は何かを信じなければ生きてはいけません。
さらに、信じているものに裏切られた時に
苦しみに沈みます。
▼金をたよりにし、失って嘆く者
▼権勢にすがり、奪われて怒りに狂う者
▼健康を力にし、裏切られ病気で苦しむ者
▼才能を過信し、現実を知らされ悲しむ者
信じているものが大きければ大きいほど、
裏切られた時の悲しみや怒りは大きいのです。
されば『三従の女人』という言葉は、
悩み多き全人類の実態をいわれたものといえましょう。
今までの自分の考えが、
身につけている鎧になって
身動きが取れない、ということが
往々にしてあります
その鎧の一つと言っていいと思うのですが、
「かたよったことをしてはいけない」
「何事もバランス感覚」
という思想です。
「もっと大局にみよ、それは井の中の蛙だぞ。」
とのアドバイスなら傾聴に値しますが、
「そういう考え方もあるよね」
で全て片付けるのは、いかがなものか。
「決め付けはいけない」とか、
「かたよっちゃいけない」という人は、
そういう思想の信仰なんでしょう。
偏っちゃいけない
偏っちゃいけないんだ!
絶対偏っちゃいけない!!
偏っちゃいけな~い!!!!
という考え、思考に相当偏ってしまっているのでないか(^_^;)
「偏っちゃいけない信心」の鎧が重くて、
自分の思い通りに身体が動かせない人か。
【人生は証明ではなく、選択の連続です】
偏っちゃいけない、と躊躇して、
せっかくの機を逸してしまうことないようにしたい。
どうせ露の命。
遅かれ早かれ死ぬ。
いつ、この世も終わりになるかもしれぬ。
ならばもう、ここに打ち込んでみようか。
思い切り飛び込んで
散ってもいいのではないか。
「世の中の 人は何とも 言わば言え
我がなすること 我のみぞ知る」
郷士という身分の鎧を脱ぎ捨て、
土佐藩という鎧を脱ぎ捨てて
世界相手の海援隊をユメ見た、坂本竜馬の歌です。
■ケネディ大統領暗殺から20年後の調査で
アメリカ人の50%は
「このシーンをテレビの生中継で見た」
と答えています。
しかし、実際には生中継などされておらず、
事件からおよそ2年後に、
編集済みのフィルムが公開されただけなのです。
しかもそれは「ライフ」誌に掲載されたものでした。
実際に一般人があの映像を目にするようになったのは
それよりもさらに後のことです。
いかに人間が自分の記憶を都合よく編集するか
という事例です。
「論より証拠」と体験話を持ち出してきますが
先述のケネディの話のように
人間は思い込みが激しいし、
薬物を用いれば幻覚、幻聴でも
なんでも演出できるこのご時世です。
今の時代は「論より証拠」より
「証拠より論」と、
理性を発揮してしかるべきでしょう。
■私は理性を絶対視するつもりはありませんが、
理性で受け入れられないものを
信じる気持ちにはなれません
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今日もお客様と社会に夢を届けに行く
信心にも
「正しい信心、真実信心」と
「迷信、邪信、間違った信心」と
二つある


