人生は皆師ですね

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岩元さんから


読者からのコメントで「批判」について、どう受け止めればいいのか、わたしの考えを日記にしてくださいというものがありました。

自分がうまくいくようになると、自分に対し批判する声が聞かれるようになったという読者のお話でした。

そこでわたしの考えを述べますね。

結論から言うと、他人からの「批判」というものは存在しないということです。

他人は意見を述べはしますが、批判は述べることはできません。

なぜなら、批判は、それを受けた自分がその意見を「批判であると解釈したとき」に起こるものであるからです。

自分しか「批判」を作り出すことはできないのです。

それが証拠に、同じ意見であっても、その意見を誰が発するか?どのような状況の中で述べられたものかによって、「忠告」と受けとめることもあれば「指導」と受けとめることもあるのですから。

読者の方の質問の意図は、また別のところにあったのかもしれません。

批判されることが多くなったので、それをどのように処理したり、この問題をいかに解決すればよいのか、わたしの意見を参考までに聞きたいというものであったのかもしれません。

わたしはつぎのように考えます。

問題は、解決しても、今後も何度も同じようなことが繰り返し起こってしまうと。

なぜなら、問題は自分の心(解釈の仕方、判断の基準)が生み出すものだからです。

なので、他人の意見を「批判」として捉える限り、1つの批判をうまく対処したとしても、またつぎに誰かの意見を批判として考えることになるでしょう。

そのたびに、いちいち批判を処理する(乗り越える)ことを繰り返すことになるでしょう。

なので、問題をいくら解決しても、真の意味での解決にはいたらないのです。

自分の中に問題を生み出す原因がある。それは「批判」として解釈してしまう自分の考え、心のあり方です。

★本当によいのは、問題自体を「解消」することです。★

問題が二度と起こらないようにすることです。

それはこの場合、「批判」という解釈をしないことに他なりません。

考え方の根本には、誰かが自分に対して発した意見を、「この意見の中に、自分の人生を前進させる氣づき(教え)があるだろうか?」と考えることです。

自分を幸せにしてくれるアイデアを、他人からいただくようにしましょう。

もし、その意見に、何も自分を成長させてくれるものがないとしたら、それだけのことです。

他人の言葉に反応するのではなく、自分の望むこと(幸せや成長)にプラスの教えがあるかどうかを問いかけることです。

以上のようにわたしは考えます。でも、これが正解ではありませんよ。あくまで、わたしの個人的な見解です。

と、まぁ考え方のポイントは今述べたとおりなのですが、なかなかそう考えることができないこともあるでしょう。

いったん心が批判と感じてしまったら、あまり嬉しいものではありませんよね。

実際、自分が成功すればするほど、周りから批判めいたこと、中傷がネット上の掲示板に書かれたり、メールで送られてくる・・・こういう経験をお持ちの方もいらっしゃることでしょう。

これは成功している人に共通した経験でもあります。

こういうとき、どうすればよいか?

いろいろあると思いますが、わたしは「無視」を正しく行うことだと思います。

誹謗中傷の類のメールや書き込みは、単に無視してしまえばよいです。

絶対に反論してはいけません!←これがとても大事。

無視し続けることです。そうすれば自然に誹謗中傷はなくなります。反論は、誹謗中傷にとってエネルギーになります。なのでエネルギーを与えなければ、いつかエネルギーが底をついて誹謗中傷はストップしてしまいます。

また、無視を正しく行うという意味では、つぎのような行動も1つです。

例えば、ご自分が発行しているメルマガに対して、誰かが中傷するような意見をメールで返信してきたら、アカウントからデリート(削除)してしまえばよいです。

それは、そのメールを送ってきた人自ら、わたしはあなたにとってふさわしい読者じゃありませんよと、わざわざ教えてくれたことになります。

だから、そのときは「教えていただいてありがとうございます。喜んでメール配信リストから削除させていただきますね」と心の中で言いながら、デリートすればよいのです。

そうすると心がすっきりしますよ。

人生とは、自分の心が感じた想いの蓄積に他なりません。

経験したこと以上に、経験をどのように心が受け止めたかなのです。

幸せな人生を歩みたいのなら、できるだけ「幸せ」な思いを心が感じるように解釈力をつけることが大切です。

これをして、「積極的な心構え」と呼ぶのですね。
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全部できなくてもいい、何か一つやる