- 成「幸」学 人生の「正面教師」たち/黒木 安馬
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「嚢中の錐(のうちゅうのきり)」という言葉がある。
英語で言えば、「Talent will out 」と実に明解で、才能が表に出ると、そのままに表現する。
袋の中に錐みたいな尖ったものを入れておくと、自ずと突き出て現れてくる、
早い話がどのような環境にあったとしても、それなりの才能は世に出てくるということである。
「北海道・土を考える会」で、数年前に札幌千歳空港近くのホテル日航千歳で講演をした。
アイスバーンになった深い雪に埋もれた二月下旬であったが、
全道から農業を営む役員などの会員が大勢集まって熱く語り明かしたのが昨日のように楽しく記憶に残っている。
そして、ある夏の夜、我が家の手作りプールサイドで18歳の青年と夜通し話をした。
講演時の会合で一緒に飲んで意気投合した元気の良い外山勝則・副会長。
その長男、隆祥(たかよし)さんが訪ねて来たのである。
若き彼はかつての私と同じAFS奨学制度で、米国ミズーリの高校留学を終えて帰国したばかりであった。
それまで知らなかったが、その父親は、奥さんと四人の男の子供たちを残して
その年の春に40代半ばにして急逝したとのこと。
生前の父親から私の本を読むように勧められていたこともあり、
ぜひ一度だけでも父の信頼する人に会いたいと帯広から弟も連れて出て来たとのことであった。
亡くなる直前の父と母が春に二人で植えた3.5ヘクタールの地平線まで広がる広大なひまわり畑が、
今は大輪の花を咲かせていると眼を輝かせる青年は、眩しいほどに未来への夢に飢え、希望に満ちていた。
父が若い頃に単身で米国の農家に留学したDNAを受け継いだのか、
彼も帰国後に学業の傍ら最近トラクターに初めて乗って苦労している体験などを交えて、
私の人生アドバイスを少しでも多く聞き出そうと真剣なまなざしで終始臨んでいた。
ひと言で表現すれば、北海道の農家に生まれたからそれをただ漫然と受け入れて農家の後継ぎに
なるという単純図式ではなく、一回こっきりの人生の夢に対して常にハングリーである熱情、
健康的な不満(HEALTHY-DISCONTENT)が、彼の心をより研ぎ澄まして鋭い錐にしているのを肌で感じた。
ただの人生で終わらせてなるものか、どうすればより充実した面白い生き方ができるのか、
留学で観てきた体験を元になんとしてでも、より良い人生を過ごしたい、その羅針盤とはいったい何なのか・・・
そこにいるのは亡き父親に真顔で聞こうとしている少年であった。
こぶしで腹を押しても痛さは大したことはないが、その手にキリを握っているとより軽い力であっても突き刺さる。
漠然とした目標ではなく、人の前で直ぐに描いてみせることが出来るようなより具体的な夢づくりが肝要だと説いた。
そして続けた。
成功するためには二つの条件が必要である。
一つは貧乏に育つこと。
“愛情”の反対は何? と聞く。
その答えは、“憎しみ”ではなく、“無関心”であると。
“ありがとう”の反対は? と聞く。
その答えは、“不満”ではなく、
何事も“当たり前”として受け止めるようになった不遜な心を言うと。
母親が一生懸命に早起きして朝食を作ってくれる。
“こんなものしかないのかよ~”と、つい口に出してしまう“当たり前”。
足ることを知る。
貧乏、足りないことは、その感謝の心を身につけてくれる。
後の一つは、どんな職業であれ、その道のプロ、第一人者になることである、と。
仕事が義務であれば地獄、仕事が楽しみであれば天国だ!
ゴーリーキーの言葉。
仕事が、生きることが、それが“道楽”だと言い切れる人生にしたい!
道楽とは、まさに人生と言う、道を楽しむ、こと。
秀吉が、ゾウリを胸元に入れて暖めておいたのを
殿の織田信長に誉められたことは有名な逸話。
それを見ていたライバルの明智光秀が、秀吉に言う。
“ゾウリ持ちが、いくら殿に誉められようが、ゾウリ持ちは、所詮ゾウリもちだわな”
そこで、秀吉は言った。
“今はたかがゾウリ持ちかもしれないが、日本一のゾウリ持ちになれば、
誰もただのゾウリ持ちになんぞに、しておくわけがないぞ!”
北海道のオホーツク海に近い常呂(ところ)町の出身で、当時19歳の娘さん、小野寺美穂さんが
札幌での富士通講演の際に電車を乗り継いで会いに来てくれた。
その時が、初めて会う拙著の読者。
まだ少女っぽいまぶしいばかりの美人で戸惑ったが、
聞けば常呂町は氷上スポーツのカーリングで有名な町だとか。
後に、姉の小野寺歩さんがトリノ・オリンピック出場で、カーリングチームのキャプテンとして大活躍する。
私が金沢で講演中に会場で携帯電話が鳴り響き、「オリンピック出場が決まりましたあ!」との叫びに
いったい何のことなのかと、あっけにとられていたのが昨日の出来事のようである。
美穂さんは、高校時代のカナダ留学経験から、自分が日本のことをあまりにも知らないことを外国で思い知り、
知り合いは誰もいないが古都の京都で生活をしながら日本文化をもっと勉強してみたい、
果たしてそれが今の正しい選択の道なのか、それとももっと他に方法があるのか・・・
有意義な人生の道を何とかして探しだそうとするハングリーで真剣な眼がキラキラとしていた。
能の世界で言う『離見(りけん)』、
自分を離れた時に、ようやく初めて見える自分自身・・・を含めた様ざまの世界。
龍安寺石庭の裏にある、つくばいに彫ってある、
中心の『口』を囲んだ文字、『吾・唯・足・知』の、われただ足るを知る、の深い意味など、
すぐに行動に移せるのが若者の特権、
若いときに旅をしなければ老いてからの物語が無い、
若い時には知恵が無く、老いてからは行動力が無い!
人生の時で、今日が一番若い!
やりたい時が、やれる時!
・・・などと京都行きを勧める。
私はあなたと同じ年の19歳で学生結婚したが、それもまた面白人生の始まり、後悔は一切無し、と。
若者に、後悔の文字は不似合いである。
大いにヒントを得たと奮い立った美女の頬に一筋の美しい青春の涙が流れた。
まだ見ぬ明日への期待と感動。
その後は想いを実現するべく京都に向かい、ホテルで仕事をしながら大学に通う。
それから数年、現在は読売新聞社で活躍している。
この健康的な北海道の若人たちに共通して言えることは、
飽くことのない、より良き自分探しへの高い欲求であり、
自分づくりの旅をしようとしていることであろう。
宅配便が届いた。
〈夫が他界して早いもので四ヵ月が過ぎました。
播かぬ種は生えぬ、と慣れない農業機械操作を学びながら日々「顔晴」っております。
鍋を火にかけてから採りに行け、と言われるほど鮮度が美味しさの秘訣、
是非早めにお召し上がりください。
息子たちがお世話になりました──外山聖子〉
と、手紙と地平線の向こうまで広がるひまわり畑の写真が同封されていた。
スイートコーンの一粒ごとに大地の水がほとばしる歯ごたえを、しみじみと噛みしめながら、
良かれと若者たちに助言しているこの今の自分も、
あと何回ほどの巡るくる季節の中で、
いつどのような一生を終える日が、その来るのだろうかと感慨深げに、
夏の終わりを告げる、天高き、いわし雲を見上げるのである。
ありがたきかな、この一回こっきりの人生 (*^_^*)v~♪
合掌
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