キクタンさんから
儲かったときは
「俺の腕で( ̄∇ ̄+)」とすぐ思えるのに、
損したときは
「運が悪かった(_ _。)」「あいつのせいだ(`ε´)」
となってしまう、人間の実態に触れました。
良い結果が来ると、
「自因自果、自業自得はまことだなあ(^O^)」
と納得するのに、
失敗、挫折や不幸が来ると、
自業自得とはもう思えない(-з-)
なぜ私達の心はそうなってしまうのか??
■2004年、アメリカの心理学者、
トラフィモウとアーメンダリッツの研究です。
彼らは、400名の大学生に対して、
“人にしてあげた親切な行動”と、
“人にしてもらった親切な行動”を、書き出させました。
結果は、なんと。。
「人にしてあげた親切な行動」を、35倍も覚えていたのです。
つまり、もしあなたが何かのことで
“~してあげたのに。。”
という思いをもっているなら、
その35倍、“~してもらった”ことがある、
という衝撃のデータ結果なのです(・_・;)
■そういえば、私も小学生の時、
芝生のきれいな公園で友人と遊んだのですが、
遊び終わって友人がいなくなった後、
自分達が出したごみが散乱しているのに気付き、
夕闇の迫る中、私一人、そのときのごみを集めて
ひそかにゴミ箱に入れたのを、今も覚えています。
これは私の人生の中では
ひそかに美談として自負する、
思い出の一ページなのです
今でもしっかりその時の光景を覚えていますから(笑)
自分はその何十倍も
捨ててはならないところに
ごみを捨てっ放しにしたことがあるのに、
それはすっかり忘却のかなたです。
なんと自分本位の記憶でしょうか(>_<)
■『借りた金は忘れるが、貸した金はもう忘れない。』
ということわざもあります。
借りた金を請求された時は
「えっ、そんなに借りたっけ(`ε´)」
と首かしげたり、
返済する時は多く請求されたような気持ちにもなり、
損した気分になって不機嫌になる。
一方、貸した金を請求するときには、
義憤にかられた裁判官にでもなったかのようになる。
■普段やっている、おびただしい悪い行為を忘れているから、
何かあると「私が何をやったというの?あいつのせいじゃないか(`Δ´)」
と恨むのでしょう。
良い結果が来ないと焦ったり、イライラする時も、
自分の日ごろの種まきを冷静に振り返ってみれば、
「まかぬ種は生えぬ。
刈り取らねばならない一切のものは自分の撒いたものばかり」
と知らされてまいります。
成功した時は、常に【自分の手柄】
失敗した時は、いつも【人のせい、社会のせい】
これではあまりに調子が良すぎないか。
いい時だけその原因を自分に求めて
悪い時には八つ当たりしたり、
それらしき人が分からない場合は
犯人探しを始める、
それはあまりに自己本位の、ご都合主義ではなかろうか。
■すべては『自業自得』
カボチャの種から大根の芽が出たためしがない、
まいたタネしか、生えてはきません。
遅速はあっても、
いつかは必ず、果報を受ける。
歴然として私がない、
これを『因果の道理』といいます。
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今、最悪でも頑張っている人なら
これからの人生が面白くなります
