キクタンさんから
女性の一生を花に例え、
室町時代の禅僧・一休は
このように詠んでいます
『世の中の 娘が嫁と 花咲いて
嬶としぼんで 婆と散りゆく』
■女性で最も良いのが「娘」時代、
だから【娘】という字は
【女偏に良い】と書きます
女性で一番良い時代だということです。
若くて、きれいで、元気で。。
AKB48とか、ぽんぽん飛び跳ねて
きゃっきゃと笑っているんですが、
あれで疲れないのかな、って。
筋肉痛、大丈夫かな、って(・_・;)
■女が結婚して家庭に入ると
「嫁」になります。
女が家に入る、ので、
【嫁】と書きます。
「いよいよ二人もゴールイン。」
しかしこれが新たな試練へのスタートでもあります(^_^;)
■嫁さんが子供を産みますと
「嬶(かかあ)」になります。
「女は弱し、されど母は強し」
お嫁さんに来た当初はおしとやかでも、
お母さんになると、鼻高くなる。
いつのまにか二の腕も太くなって、
胴回りもだんなよりどっしりして
「(家から)出せるものなら出してみろ」
とばかりに、いつの間にやら
家における権限も強くなっている。
そうなると夫としては、
『目についた女房やがて鼻につき』
とも川柳にも歌われるように、
だんだん妻が疎ましくなる。
容姿も、花のしぼむ気配も
隠せなくなります。
■やがて年寄れば、
額にしわの波が寄ってくるので、
【女の上に波】と書く『婆』となる。
またこの人が家庭にいると、
周囲に争いの波が立つともいわれるから
女に波と書くとも言われる(・・;)
■漢字は普遍的な意味合いを持つ、という点からいうと、
女性の旅はあまりいいところに向かって進んでいるとは
いえないですね(>_<)
いえ、男性も呼び名が違うだけで、
全て同じコースをたどります。
いつまでも娘で止まってはおれません。
否応なしに20代は、30代となり、40代となっていき、
嫁はかかあとなり、お婆さんへ進んでいく。
お婆さんが娘に戻ることは絶対にできません。
とりかえしのつかない一方通行です。
「こんな人と結婚するんじゃなかった(_ _。)」
「こんな職業選ぶんじゃなかった(>_<)」
と後悔したところで、
人生にリセットボタンはありません。
失敗したなら、失敗したなりに、
修正しながらそこを進むしかありません
■「この間まで、自分のことを娘だ、と思っていたのに、
もう息子が結婚して孫ができた。
いやぁ、月日がたつのは早いなぁ。」
と近所のお婆さんがしみじみと言っていたのを
子供の時に聞いて
「そんなもんかなぁ。」と思ったものですが、
今は共感できるようになってきました。
■では、お婆さんになれば、
ずっとそのままかというと、そうではない。
「婆と散りゆく」
そうしてみんな死んでいく。
毒舌家、一休らしい辛らつな言葉ですが、
毒舌は悪口とは違います。
口汚いですが、一面の真理を捉えているのが毒舌です。
(すいません。今日の私の文章も少々ラジカルで
お聞き苦しいところがあったかもしれませんが、
毒舌の一休風にアレンジしましたm(_ _ )m)
「世の中の 娘が嫁と 花咲いて
嬶としぼんで 婆と散りゆく」
耳に痛いですが、これは否定しようのない
【人生の裸形】ではないでしょうか。
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「あなたのために」
というのは幸せになる
魔法の言葉
