成「幸」学 人生の「正面教師」たち/黒木 安馬
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「薬九層倍(くすり・くそうばい)」、薬品や化粧品製造ほど儲かる商売はないと昔いわれた。
 743年、聖武天皇は奈良東大寺に巨大な大仏を造る。
当時としては新幹線と高速道路を全国一斉に作るに等しい大事業であった。
鋳物の大仏に金メッキをほどこすには、水銀3に金1を溶かして塗りつけ、350度で加熱して水銀を蒸発させる
アマルガム法しかなかった。水銀が無ければ何もできないのである。
 当時の水銀産地は伊勢神宮のお膝元、三重県丹生(にう)村。
不思議な偶然か、弘法大師の高野山金剛峰寺もこの伊勢神宮一帯も、全山が巨大な水銀鉱脈の上にたっている。
オシロイも、梅毒治療薬もこの水銀がなければ作れない。

 その丹生の水銀豪商である梅屋。後に、そこの娘のカツが松阪の三井家に嫁ぎ、子供を生む。
三井財閥創始者の三井高利である。
その財閥の一つに三井の越後屋呉服店から始まった三越百貨店があるが、反物やオシロイ・紅も販売するに至るのは必然である。
三井グループは戦後の財閥解体まで、こうして強大な発展を続けていく。

 小林真由美さん。まだ四〇歳代のパワフルな実業家。両親ともども東京育ちである。
先祖が日本で初めて飛行機を作った中島飛行機の技術者だったこともあり、子供の頃から飛行機の話題の中で育って、
男の子みたいにヤンチャに飛行機の真似をしてところ構わず飛び跳ねていた。
将来は絶対にパイロットになるぞと夢を見ていたが、それは女性に直ぐには叶わぬことと断念。
それでも空に憧れ、スチュワーデスを受験する。
が、最終段階の視力試験で惜しくも敗退を余儀なくされる。

 お茶くみのサービス業などに就いて人さまに使われるよりも、何人も召使いを抱える仕事をしてみないかと、
たまたま母の知り合いだった伝統ある三井家の流れをくむ三井コスメティックスの中川高熙社長に誘われる。
三井家は、長男以外は三井の名前を名乗ることが許されていなくて、次男以降は母方の名前を継ぐのがしきたりとされている。
その重厚な伝統の流れを汲む中川家の格式ある応接間で真由美さんは心が揺らめいていた。
中川家に子供はいなかった。

 化粧すら興味もなく、学生時代もデパートで美容部員につかまるのが最も苦手だったという、どちらかと言うと
男性的な性格だったという真由美さんだったが、三井の名前を背負って初代フィリピン支店長に就任して
新天地を開拓してみないかとの夢のような話は、恐ろしいほど壮大な内容で足元がブルブル震えるぐらい怖くもあった。
中川さんは、その時、真由美さんの資質を見抜いていた上での判断と誘いだったのだと、私は本人を観ていて思う。
 真由美さんは、二つ返事でそのまま清水の舞台から飛び降りるように思い切って単身赴任。
中川さんの言葉どおり、専属の運転手やコック、メイド付きの生活の中で、世界の貧富の差や文化の違いを
いやと言うほど知らされながら、タイ、マレーシア、香港などの駐在を含めて七年ほど日本との間を東奔西走する。
 が、“はてしなく限界のない大空”への青春の想いが断ち切れず、絶対にこのままの約束された人生で終わり
たくないと、ついに会社を辞めて飛行機のパイロット免許を取りに渡米する。

現状維持だけでは満足がいかない性格である。
いや、終わりの無い好奇心、ネバーエンディングの塊と表現したほうが的確か。
 帰国後はジャルパックの添乗員になり、ヨーロッパなど世界中を飛び回って人生を謳歌する。
そうして好きなようにエンジョイしているうち、数年後に中川さんの奥さんである専務ががんで倒れたと知るや、
恩返しのために古巣の会社に復帰することになる。

 真由美さんとの出会いは、1995年1月29日。
成田空港に向かっている国際線機内で彼女に突然声をかけられた。
拙著『面白くなくちゃ人生じゃない!』の読者ファンであると言う。
絶対に機内で会えると思って、JALしか利用していないと口にする。
最初は冗談かと思っていたが、その本に出会わなかったら今日の自分はなかったと、詳しい内容を聞くうちに
心底驚いたのが一昨日のように鮮明に覚えている。
「やれっこないと、周りは言うけれど、黒木さんは空と陸でエンジョイしながら想いのままの人生で何もかも実現させ
続けています。本の中の『棒ほど願えば針ほど叶う』という言葉に感激し、それからは自分もすぐに行動に
移したのです。想いを作ったら、そのまま宇宙に託する。船や飛行機を見て、いいなあと思うのが普通なのだろうけど、
それをどうしても欲しいという自分に変えていく。自分はそれにふさわしい価値のある人間であると思うこと、
想うことが必ず実現すると信じること・・・」
 真由美さんは目を輝かせて次々に話し始めた。

この女性は何? 半端ではない情熱と確信のオーラを発していた。
 それから数年、彼女は、はたから見ていて誰もが分かるように、脱皮を繰り返して輝かしい見事な蝶に変身していった。
 想いは必ず道を拓く! 
それには、まず心から想うこと。夢が実現しない人たちは、心のどこかで自分すらも疑っている。

外国のTVショッピングを観て、まだこのような番組がない日本でも同じように出来ないものだろうかと模索しながら願っていると、
東京ビッグサイトでの健康美容博覧会で発表している時に、偶然(必然!)ショップチャンネル担当者に声をかけられた。
 初めてのTV出演では、汗びっしょりになり、ハンカチを握り締めて緊張しながらも、話しかけるように自信を持って
TVカメラの向こうの視聴者に懸命に語りかけた。
シミ取りのコンセントレート(凝縮)の意味でつけた美容液《シミコンク》が、40分で5500個、一日で1万個が売れ、
累計60万個、積めば富士山の16倍以上の高さになった。
 注文の電話が実況中継のスタジオ内でジャンジャン鳴り響く。
その臨場感がたまらなく面白くて、楽しくて、またまた盛り上がる。
するとまた熱気が電波に乗って注文が殺到。その繰り返しの中でどんどん成長していく自分が見えてくる。

どこに勤めるかではない、自分は何がやりたいのか、何ができるのか、それがすべて。
楽しんでやらなきゃ、何ごとも身につくわけがない!
 そして一社員から、現在はついに代表取締役社長に就任。
 6人乗りの赤い飛行機を買い、自ら機長席に座って操縦。
田園調布に豪邸、軽井沢に別荘、息抜きには乗馬。
社員研修に使う数億円もする16人乗り大型クルーザーでは外国航路へも行ける一級船舶免許まで自ら取得す
夢実現で買ったまでは良かったが、操舵できなければ動かせない。船長を採用して給料を払うぐらいなら、
自分で免許を取っちゃえ! 社員たちにも無限の可能性への挑戦のために免許を取らせている。
 化粧品原料にするフランスの広大な契約ハーブ畑上空で、機長席の操縦かんを握りながら真由美さんは言う。

「食べ物に好き嫌いがあると人間にも好き嫌いができます。人生の遊び上手になること。
お金がないから何もできないと言う人がいるけど、そういう人はお金があっても何もできないと思いますね。
好きなことを何でも極める、そして遊びの中からその人の深さが出てくるものだと私は考えています。
贅沢はテキではなく“ス”テキ。
生まれて来たからには、本来全員が成功者ですもの」

 どんな現状でも思いっきり楽しんで仕事をするとそこにまた新たなギフト(楽しみ)がやってくる。
不満を言えば倍の不満が返ってくる。苦労と思えば苦労になる、楽しいと思えば楽しくなる。
ハードルをクリアすると次にはもっと楽しいことがやってくる、それもクリアすると人間に磨きがかかって内面から輝きが出てくる。

 見上げれば、今日も真っ青な、希望に満ちた果てしない可能性の続く大空が見渡す限りに広がっている。
その宇宙は、誰のものだろう?

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他を支配する力を身につけるほど孤独になる
他に貢献する力を身につけるほど幸せになる
未来は、私の中にある
一番苦しいときに、一番格好良く