人生は、在り方次第で景色が変わる
人生を価値に変えるプロデューサーなみよの独り言
人は「目標」が出来ると実力以上の能力を発揮できる?![]()
今日は
普通の主婦が、4年でプロデューサーになったお話 part5
~42歳のチャレンジはわくわくと感動と疲労の連続~
2021年。
このチャレンジから私の人生は大きく動き出した。
コロナ禍。
今では溢れている【ミス・ミセスコンテスト】
私が知らなかっただけで、世の中には溢れていたのかもしれない
コンテストに自分が出るなんて想像もしたことなかった。
人前で、ドレスを着て、ウォーキングをして、スピーチをする??![]()
42歳で??
子育て真っ只中の普通の主婦が?![]()
話は聞いてみたけど、お断りした。
断り文句はありきたりな「考えます」![]()
正直、「考えます」は「やりません」って意味。
断ったはずが、私がなぜコンテストに出場したのか?
実は同じ案件が他の人からも来たから。
この時私がどう思ったか?
「同じ話が来るのは何か意味があるのかも?」
私は、20代前半の時は、エステサロンの経営をしていた。
経営の事など何も知らないまま
化粧品の訪問販売を友達に勧められて、「楽しそう」で始め。
訪問販売がとても辛くて(正直嫌だった)
「じゃぁ。お店作ったら、お客様が来るじゃん!」って安易な考えで![]()
そこから3年間サロンの経営をしていたけど、経営の事なんてわからないまま
常連のお客様は沢山できたが、自分一人で全て回してたため体調を崩し閉店。
その後、食品会社の人材育成の仕事について20代は、新人・リーダー育成をしていた。
そこで培った思想。
どこかで聞いたことがある
「チャンスの女神は前髪しかない。来た時に掴まないと通り過ぎたら掴めないよ」
この言葉の私の解釈は、
チャンスはすぐに掴めなければ失うという事ではなく。
チャンスが来たら、とりあえず掴んで、必要なければ手放せばいい。って思ってた![]()
それが、私がコンテストに出場したきっかけ。
そして、やるからには必ず「グランプリ」を獲得すると決めた![]()
理由は、
「何者でもない私」が肩書きをつくるため。
何かが変わるような気がしてた。
そして、子供たちに、大人になっても挑戦する姿を見せたかった。
この私の目標を達成するべく、初めての挑戦が幕を開けた。
レッスンの為に栃木へ
そこから、ビューティキャンプと言われる各講師陣のオンラインレッスン。
リアルでのウォーキングレッスンなどが始まった。
あらゆる知識を学べるという事。
参加者のお友達が出来る事で、久しぶりに心が躍る瞬間だった。
初のウォーキングレッスン
そのコンテストでは。
ライブ配信でのイベント参加も(任意で)条件に入ってた。
ライブ配信内のイベントで(出場エリア、カテゴリー(年齢))1位を獲ると、日本大会へ出場が決まるというもの。
これを知った私は
ライブ配信が何かもよく知らなかったが
迷わず参加することを決めた。
私の本来の目的を達成するため。
この時に参加したライブ配信。
実は今でも続いていて、現役の公式ライバーとして活動し
現在は、ライブ配信事務所も1.5次代理店として運営している。
このライブ配信が、私の人生の転機になった。
ライブ配信。
今では当たり前のように誰もがあらゆるフィールドで活動し、ライバー事務所も多くある。
稼げる?というような感じで運営している事務所もあるけど
私が捉える「ライブ配信」は違う。
私が思うライブ配信とは
*毎日自分の顔を見ながら配信するので、「見せ方がわかる」
*自分はトークをして、リスナーさんはコメントで会話をするから「コメントから相手が何を伝えたいのかをくみ取る」
又、「コメントでのその人の人柄がわかるようになる」
*ライブ配信はギフトという投げ銭がライバーの報酬に直結する。その為「どうやったらギフトを頂けるか?」
「応援したいと思ってもらえるか?」「楽しんでもらえるか?」など戦略を立てることが出来るようになる。
これは、事業でも使えるスキルになると、配信を始めて感じた事。
自分の魅せ方。
コミュニケーション力
戦略・コンテンツ作り。
ライブ配信のイベントで1位を獲得するという事は正直たやすくない。
当時はそれが理解できず、絶対いける!と「想い」だけで乗り切ろうとしていた。
そんな私が、洗礼を受けた【コンテストの日本大会出場】をかけた
ライブ配信での今でも忘れられない物語がある。
その物語は少しだけ長め。
人生を大きく揺さぶったあの瞬間は。。。
次回は
普通の主婦が、4年でプロデューサーになったお話 part6
~得たものはグランプリ以上の愛~






