はじめまして!
現在,いわゆるliberal artsの復権が求められているような気がします.
東大などでは,専門的な研究を促進する研究者は多くても,そのpositioningがきちんととれていない若手研究者が増えており,インタープリターの養成が試みられています.これは,専門の壁を越えて,ある研究と別の研究を結びつければ,こういうことができるというようなアイデアを提示したり,研究者が気付かないその研究の社会的文脈での意義を察知し,社会に向けて提示していくような機能をはたす人々が必要としていることの現れなのだと思います.
どうしてこのようなことがおこるのかと言えば,一般教養の地位が相対的に低下してきているという現実があるのだと思います.もっとも専門領域の進展があまりにも早いため,早期から専門教育の導入を図らなければならないという要請も存在することは否定できません.大昔には,プトレマイオスのごとき,数学者としての定理を発見する傍らで,罪刑法定主義の父とよばれるような偉大な人々が存在しましたが,現在の学問状況で,膨大にひろがった様々な学問領域を一個人が掌握するということはまず不可能と言えなくもありません.
しかし,私個人としては,専門領域からスタートして,学問の究極目標は「人間理解にある」ということをモットーに人間をよりよく理解するためには多くの視座が必要だと考え,脳科学,数学,物理学,生化学,医学,法学,国際関係学,文学などある意味では無節操に学んできました.これは,経済的事情から正規の大学院教育を受けなかったということが,かえって良かったのではないかと思っています.なぜなら,自分の思考と,様々な書物を自ら読むことで,すべてを独習してきたからです.
そこで私は,liberal artsにあやかって,自称liberal artisitと呼ぶことにしています.ほとんどすべての学問領域について,一応の見解を述べることが出来ますし,それらのさまざまな視点から世間で観察される諸事象を評価することが出来るからです.
そういう者として,みなさんに学ぶことのおもしろさを伝え,日本の高等教育の弱点を補強できるような役割を演じてゆきたいと存じます.
宜しくお願いします.
ただ,最後に一つ申し上げておきます.
学ぶということは,これから知るべきことの未知の圧倒的な大きさへの感嘆の連続だということです.
しかし,学ばなければ,そういう未知の巨大さにすら気付かなくなり,人間はどんどん傲慢になっていくということです.
では,また.