こんにちは。

すっかり秋が深まってきました。

でも、空気に「冬の匂い」は、まだありませんね。


16日の日曜日、いつもよりちょっと厚着をして

久しぶりに銀座へ足をのばしました。

「ライブトーク ひきこもりたちの東日本大震災」

に参加をするためです。


場所は銀座・文祥堂のイベントホール。

このイベントホールは昨年の夏に閉鎖されているのですが、

文祥堂の社長さんが、東日本大震災の復興支援のため

無償で貸し出していらっしゃるのだとか。

素晴らしいことですよね。


「ひきこもりたちの東日本大震災実行委員会」主催の

このイベント。

ジャーナリストの池上正樹さん、精神科医の斎藤環さん、

NPO法人フェアトレード東北代表の布施龍一さん、

仙台市のわたげ福祉会利用者でひきこもり当事者の

お母様お二人がスピーカーとして登壇しました。


全国で推計70万人、予備軍155万人といわれる
ひきこもりの方たち。
被災地における当事者たちは、その時、その後
どのように行動したのか。



池上さんは被災地のひきこもりパターンを3つに分類。

 ①避難できなかった ⇒ 亡くなられた/生還された

 ②避難できた ⇒ 避難所生活に馴染めなかった

  /避難所で社会とのつながりをつかんだ

 ③震災を機にひきこもった 

          ⇒ 雇用を失った4060歳の男性に多い




お聞きするのがつらくなるような、マスコミが報じない現場の
生のお話が、いくつかありました。



震災を機に社会とのつながりをつかんだ方々は、

 ・震災で色々なことがフラットになった

 ・人から職業などを聞かれずにすんだ

 ・人のために動ける

などをキーワードにしたようです。




NPO法人代表の布施さんからは、被災地の状況は
決して楽観的ではなく、日増しに悪くなっているとの
お話がありました。
私は一部報道から、どんどん復興しているようなイメージを
持っていましたが、認識を改めました。

ひきこもり当事者のお母様のお話。
震災当日。
観測史上最大の揺れがおさまった直後、地方へ赴任中の
ご主人が息子さんに「お母さんを頼む」というメールを
送ったところ「分かりました」という返信がすぐに来た、
とのこと。
7年間ひきこもったいた息子さんは、今まで家族の食卓に
つくことができなかったそうですが、震災後は家族全員で
食卓を囲めたそうです。
がれき処理などのボランティアを通して、自己肯定感を
持ったようにみえます、とお話されたお母様の笑顔が、
ストンと私の胸に入りました。

もう一人のひきこもり当事者のお母様。
中学校からひきこもった息子さんは、食料調達
などで大活躍。
電気が復旧して灯りがともったときには、息子さんと
何度もハイタッチをして喜び合ったそうです。
ところが、電気・水道が復旧したあと、息子さんは
ひきこもりへ逆戻り。
でも震災後の時間で、本来の息子さんの姿を
見たご家族は、明らかに息子さんへ接する態度が
変化した、とのことでした。

精神科医の斎藤環先生は、
家族にとっての危機的状況は、ひきこもりご家族
にとって一つのきっかけになり得る、とお話されました。
緊急事態だから、ひきこもっている人を守ろう、
かばおうとせず、色々なことを頼んだ方が良い、と。
斎藤環先生いわく、PTSD(心的外傷後ストレス障害)が
進むのは、遠隔地の人々に忘れられ始めるとき、
だそうです。
被災孤児のひきこもり化も危惧しないといけない、
とのこと。

遠隔地の我々にできる復興支援は「忘れないこと」。
斎藤環先生のこの言葉が、とても印象に残りました。

ニコニコ生放送でも放映されたこのイベント。
感じたことの一部しか書けませんが、参加して良かったと
こころから思いました。



『ひきこもり支援』のファイナンシャルプランナー


















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