Giorgio Agamben | Libentina

Libentina

自由に生きたいわたしの現実

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アルシーブと証人


証言にたいする終わりのない注釈

証言は、その、中心に証言し得ないものを含んでおり、・・・

証人の完璧な典型はプリモ・レーヴィである


恥ずかしさは、わたしたちの存在が自己とのきずなを断つことの不可能性、それが自己自身とのつながりを断つことの絶対的な無力にもとづいている。


残りのものとはいうのは、週末、メシア到来のできごと、民の選びにじかにつながれた瞬間にイスラエルが引き受ける内実である。すなわち救済との関係で全体(民)は必然的に残りの者としてみずからを立てることになるのである。


面白かった!もっとアガンべン読んでみよっかね。