Aufruf an Adolf | Libentina

Libentina

自由に生きたいわたしの現実



Lifeにしてはすばやい展開でとても面白かった。




観劇しながらいろんなことを考えました。



カウフマンが、嬉々としてダビデの星を書いていくところは、

文革の時代の紅衛兵達の姿を想像し、

現代でも戦いに狩り出されている少年達が大勢いることを思う。




パリ陥落でヒットラーが、1918年にドイツ帝国が失ったものを

取り戻したと語った時に、

第一次世界大戦で、ドイツ帝国が敗北したこと。

巨額の賠償金を課せられたこと。

その中で必然的に台頭してきたNaziヒットラーの権力。



そして、ドイツと日本の友好的関係。

カミルが神戸の町で日本人と同じように生きていたこと。


ゲートル姿に戦中ゲートルが緩んで殴られたと語っていた

人の言葉を思い出す。


父親の遺志でドイツへ送られ、ヒットラーユーゲントととして

生きていくカウフマン。

「我が闘争」を愛読しつつ、ユダヤ人への憎しみを増大させつつも

カミルを懐かしむ気持ちはかわらない。

「我が闘争」の一節を聞いているととても読めないなと確信する。


そして、恋をしたユダヤ人のエリザ一家を助けようとする気持ち。


信頼されていたと思っていたヒットラーから

更迭されそうになってしまったこと。


峠を追って、機密文書奪回のため日本へ帰国したカウフマンが、

エリザを巡ってカミルとやりあい、二人の友情に取り返しのつかないことを

してしまうこと。


母の再婚と、母がドイツ国籍を返還し日本国籍を取り戻したこと。

ヒットラーユーゲントとして生きているカウフマンを否定したこと。

カウフマンには度重なる出来事でアイデンティティーの喪失が

あったのではないかと。

止めは、やっと見つけ出した文書が、ドイツの敗北、ヒットラーの死で

紙屑になってしまうこと。



由季江の語る爆撃で消失してしまった神戸の町の再建への想いは

阪神大震災で失われて、見事に復興させた神戸の人々の町への想いへとつながる。

私は体験してはいないけれど、

誰もが信じられない喪失感に見舞われていたことを感じ、

それでも人は立ち直ってやっていけるんだということへと想いは繋がる。

喪失と再生。

それは由季江の死と草平と由季江の娘の誕生へlinkする。



カウフマンが本多邸で文書を探し出すときに

子供のころ、カミルが秘密の場所として、

木の根元のカブトムシの穴を教えてくれたことを

思い出すところもなにか切ない・・・。



本多芳男の潔い死に様は、良くも悪くも日本人の美学を表し

奥田氏の演じる処刑されるユダヤ人の死に様も

信念を貫く者の強さを感じ、印象的。

その一方で、自爆テロが現代でも頻発することを

考えずにはいられない。

それはほんとうに信念なのか?



それに対して、カミル父の無念の死、

使命を全うできないまま殺されていく者の生への執着。

処刑者がよく知るカウフマンであったことの皮肉。


呪われてしまう運命の予感。



そして、何もかもがパスポートの紛失からおきること。




峠の語る爆撃の恐ろしさ。

その情景は、大変美しい描写から始まり、あっというまに地獄絵へと変わっていく。

戦争を体験した手塚先生だからこそ、私たちはその情景に慄かずにはいられない。




戦争によって何もかもが失われ、

いかに戦争が虚しいものであるか、

人は充分理解しているにもかかわらず、

戦争は大国の論理で容赦なく勃発し、

巻き込まれてしまう弱い者たち。

人の弱さと強さ、傲慢な心は常に存在し、

歴史は繰り返す。





クリスマスイベントで華やかにクリスマスソングが披露されていく中で

最後に、主宰が語ったベトナム戦争時のニューヨークでの話に

心を打たれました。


John Lennon の Happy Xmas が 

War Is Over, if you want it であることを。



そして「アドルフに告ぐ」を今日観てよかったと

つくづく思いました。




バイトしながらNEW YORKで生きていた長髪の主宰((((((ノ゚⊿゚)ノ

素敵過ぎです!


もっともっとそういう話を聴いてみたい!





前だけども見切れをあてがわれてしまって・・・

だいたい舞台上の壁で見切れ席が増えてるし!

2度も観づらい思いをしたので、

最後に2階から俯瞰する感じで観劇したらとてもよかった。



銀河劇場 無駄に横幅広すぎ!