bits of happiness

bits of happiness

random notes on my daily life
most things would be like fashion, beauty, career... things capuring me :) !

Japanese, English blog

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最近よく思うのは、
プライド高い人って多いなって。


別によし悪しを言いたいんじゃなくて、
「損」してるよ、ってちょっと思うだけ。




だって損じゃない?


自分で勝手に引いた閾値のせいで、
他人と折り合いがつかなかったり、不快な思いさせて、それで結局自分が体感するストレスが増えたり。


もしプライドがなかったら、
どんなに失敗した時も、死ぬ程苦しく自分を責めない代わりに、次は上手くいくから大丈夫だよ、って
ポンと自分の肩を叩いてくれる優しい自分がそこにいたり。


どう見ても未熟な奴に絡まれても、
まぁまぁそんな人も世の中にはいるわな。
って、
淡々とダメージなく他人を受け入れることも出来る。
故に、精神的に余裕が生まれて、理不尽な事言う奴にもさらっと大人の対応が出来る。



ちょーお得じゃない?‼



おまけに、
プライドが超絶高いとても優秀な人達のことも

コイツ可愛いな( ´_ゝ`)ふっ。

くらいに、見えることが出来る。




そう。お得なのだ。

何故なら、プライドを捨てることによって
結果的に冷静に物事を俯瞰することが出来るから。




と言っても、
プライド高い奴等の言い分もよく分かる。
「プライドなくして、
最高のものは手に入らないんだヨ (*σ´ェ`)σ」
って。

本当に上級を目指すなら。
最上級を、一流を目指すのであれば、
プライドは必要不可欠だって。何故なら、それがあらゆる自身の行動の原動力になるから。




分かる。一理ある。


が、相対的に見るとまだ損だ。

そのパワフルな原動力に付随する、上質な苦しみ。
時に胸を強く強く締め付ける、正に原因となるその苦しみは時として、
人を何処まででも、とことん追い込む。


よく分かる、自分がかつてそうだったから。
絶対に疑いもしなかった。
常時沸いてくる苦しみの原因が、自分のなかで
ずっと大切にしてきたモノだったなんて。


でも、勿体ない。本当に。
手放したら、どんなに心が楽になるか。
重い負荷がなくなって、何をするにも常に最適な状態になっている。

だから、結果、
意外な程にイケる。
難易度高めなタスクも、ひょいと出来たり。


子供の脳みそと同じように、
柔軟であることは高い吸収力につながり、
結果的に自己能力向上につながる。






目的が一緒なら、
アプローチ変えるのも1つの手段だよ、プライド高めな皆々様。





是非やってみて。
面白いくらい、目の前の世界が180度変わります。


もっともっと、
自分には優しくならないと。


いつもとっても頑張っているんだから、
誉めないと。ちゃんと認めてあげないと。

出来る自分も。そして、
どうしようもない自分も。


Pls let things go from your mind, that stuck there for long without reasons.
Kinda pitty to see.


Be real.


Xx













出る杭は、打たれる。


特に日本では


なぜなら、横並び至上主義で、
リーダーが欲しいとか個性、多様性が大事とか口では言うけど実際には言うほど求められていないし、いたところで何故か不調和を生むことになる、アンビバレントな社会だから。






ただ、ある程度
出すぎるとその杭は打たれない。




面白いよね、日本って。
とっても、ユニーク。

現在、某タレントさんのスキャンダルで世の中の話題がいっぱいになっているが過剰反応にうつってしまう。

芸能人という立場を考えると、確かに非難されることは不可避かもしれないが。


彼女だって人間なのだから過ちは犯すことは当然あるだろうし、人に惹かれることだってあるでしょう。
それに、既婚者との恋愛なんて、一般社会では全然珍しいことでもなくて、至るところで目撃してきた。
もっと長期間にわたって、多数の人を傷つけるような恋愛を、平気で何の社会的制裁も受けずにされている方、沢山いらっしゃいますよ。


何一つ事実は分からないが、
離婚なんて両者の合意がないと出来ない古い民法に縛られた制度なのだから、何かしら同情すべき事情だってあったのかもしれない。



人の恋愛に、こうも関心を寄せる世間に疑問しかない。メディアだってそう。
もっと、取り上げて真剣に問題提起すべきトピックはいくらでもあるだろうよ。


中国の経済衰退や北朝鮮の核問題、安部さんが頑張ってる海外インフラ受注への取組とか別に人工知能のことだっていいし。
IBMとか確か1000億くらい投資して人工知能開発とかしてなかったっけ。
創り手である人間の賢さを超すロボットちゃんが誕生して、もはや人間の能力では制御できない得体の知れないものがこの世を支配したらどうしよう、って思ったりそんな浅はかなことを考えているのは私だけか。


まだまだ取り上げてられてない原発や少子高齢化に伴う税や福祉の問題。
国の借金も1000兆円超えだけど、どういったからくりで国民が苦しまずに返済が出来るんだろう。

iPS細胞も実用化が進んで、数十年後には腕一本くらい無くしても、数日後には付け替え手術で元通りかもよ。

いくらでも、あるじゃない、と思ってしまう。


ただ、需要があれば、必然と供給もなされるわけで。
是非、個々人がこういったスキャンダルにおける討論に割く時間があるのであれば、もっと将来の日本や自分の死活問題になってくるであろう国際情勢、外交、経済、社会福祉、医療やIT技術などのことを調べ、考える時間に利用してもらいたいです。


じゃないと、個人的には
さい先不安です。日本人として。




あとは時間は有限なので
それは意識して、より有意義な時を送りましょう。
そうね、確かに人によって'有意義'の対象は違うよね。つくづくそう思った今日。







X



For those who are just only following someone, it may seem just a task.

But for those who know exactly what they do and what they want to achieve like a *goal,

its vision is totally clear and it seems an utterly different world, with such an excitement and bright future.

Of course, they are not called followers, but leaders.




人は色々なタイプに分類出来るが、

大別すると、リーダーとフォロワーの2種類である。

勿論、オブザーバーもいるが、物事の変革時にはさほど大きな影響力を持たないので

今回は言及対象から外すことにする。



どちらが良い、悪いを論じたいのではなく、

ただその特徴について描写したい。






Followers:

このタイプの人は、自分以外の他者の遂行力に従って、

物事の変革や遂行に携わり、実行に加担する。

ある程度の温厚さと、したたかさを備えている。


Pros n consとしては、

Pros-

・明示された指針に従えば、享受出来る結果に貢献した、と十分に主張出来、妥当な見解だと

周囲からも理解が得られる。

・方向性が見えているので、タスクに落とし易く、今自分のすべき事柄や置かれている状況を理解し易い。

・明確化された指針に準ずるため、指針の本質是非を問われる対象にはならない。

・上記の結果、多数の人からの異議提唱先にはなりにくく、批判を受けにくい。

・全体包括という発想とは無関係に、発言が出来る。


Cons-

・提示された指針に従順に取組むことを周囲から期待されている。

・解の無いタスクに主体で取組まなければならない際、ノウハウに乏しい。故に、自信も少ない。

・能力・ポテンシャルを過少評価される場合がある。




Leaders:

生まれつき、人をまとめたり、興味対象のモノを突き詰めることを好む人。

そして、タスク実行よりも、多面的考察や現状存在していないことについて思考すること、主体として実行していくのが好きな人。

周りは無関係。ザ・自分ワールドへようこそ。


Pros‐

・自分がコントロールしている、と実感することが出来る。

・多様な意見・考察をまとめる力がつく。故に、比較的に妥協点模索も得意になる。

・享受できる自由度が高いように実感出来る。

・称賛対象になりやすい。


Cons‐

・任務遂行において、沢山の異なる思考を持つ人と議論をしたり、説得しないといけない。

→労力を使う。

・説明・実行責任を問われやすい。

・不特定多数の人からの認知率が高まる。

・批判対象になりやすい。


とか…。
自分がとちらのタイプに所属するかで、随分やること・求められている領域が180°変わる.



また以下の観点でみると、
改めて両者の差異は大きい。




体感する「孤独」である。





程度に個人差はあるものの、
比較的にleadersの方がこの感情を抱き易い。
何故なら、followersは常時他人であり、従順に実行してくれるか否かの確証が

どこにも存在しないからである。


一方、followersは指針に準ずるか否かの選択権がある。
元々選択権を有しているからこそ、実行しない選択をしたところで誰も攻めれない。

し、攻める権利もない。



Leadersの母数が存在しすぎても、
全体の体裁が取りにくくなるけれど、
存在が皆無だと変革が早期遂行できなかったり。


両者とも、なりたくてそうなっているのではなくて、
生まれつき持った自分の性質を尊重して行動しているまでだ。
だからこそ、互いへの偏見は捨て、自分の役割や互いに対して出来ることを能動的に考え、行動出来ると全体バランスもとりやすいのでは、と考える。
互いの存在は不可欠なのだから、更にそう感じる。




もし自分が所属する組織が会社である場合、
非営利団体を除けば、資本主義で商いをしているのであれば、利益追求や市場占有率拡大など、

結局最後に目指すべきところは両者同じであろう。

向いている方向は同じだろうに。



Leaders, and followers
Please dont get decieved by the things interrupting to see your ultimate goals.


Otherwise thousands of flowers waiting for you cannot fully bloomed.
and my question is, are you gonna miss this chance?



















xx











私たちの生きている毎日は、偶然で満ち溢れている。






そして、その偶然はコントロールできない。



生まれた、その日から偶然は始まっていて、

自分のお母さん、お父さんになる人も選べなかったなぁ。



きっと将来享受出来るであろう、その人の「幸せ」度合や

大人になってからもどこか生きる基盤となる、幼少時の生活・教育水準が

どんな人が自分の親や兄弟になるかで結構決まっちゃう。


人種だって、言語だって、文化だって、

身体的能力だって、外見だって。

「わたしの・・・」って形容詞がつくアイデンティティの多要素が

この偶然によって沢山形成される。




なんて、世の中は不公平だ。というよりは、

目の前に起こる大半のことが偶然である、ことが、この世の中の原理で、

あなどれない学びであることは多くの人が実感しているところであると思う。



今、この時代に生きていることだってただの偶然である。




人はよく物事にどうにか理屈をつけて必然にしたがったり、

何かによって意図的に起こった事柄だと結論付けたがる。

それは、なぜだかわかる?






それは、そうしないと、本当のところで自己許容ができないから。

説明出来ないようなことをただただ受け入れるしか出来ない、

自分の無力さにちゃんと向き合える人は少ないから。

どうにかして、"必然だった""意図的だった"ことにして、

結局のところは自分の弱さが見え隠れするこの領域にどっしりと

腰を下ろせないだけ。


今までの出会いも、別れも

今の思考も、有する能力も、

経験してきた沢山の苦しみも悲しみも

抱いている不安も、そして享受出来ている幸せも。

偶然、起こった.。



だから、




誰かより偉いとか、凄いとか。

劣等だとかという既成概念は、本来は世の中に成立しない。


ただ、在るがままにいる。

それだけで、十分成立している。




多分、ある人は、物事への取組む姿勢が怠慢だ、と言うかもかもしれない。

思考停止しているだけ。現実に直面したくないがための、エゴだ。

とかね。



じゃあ、怠慢じゃなかったら。

勤勉にすべての事柄に偶然以外の事由を見出したら。



自分の存在はどう説明する?



そして、

その説明に対して、 自分の心はなんていう?







自分の無力さ と 偶然の驚異

ただ、ただその事実を受け入れて。

それでも、生きる自分を沢山褒めて愛して、

また、そんな積極的に、そして勤勉に生きる自分を受け入れてあげてください。






Embrace ourselves with the ultimate truth that we are living in an unknown world.

And that's excatly where we find love, happiness and somehow hope.











XX



























































































I agree with you.
I have to admit that some part of me is constantly looking for a guy who treats me like a princess and loves me forever as the only one..
sounds a bit perfect.







人との出会いなんて、偶然という要素でいっぱいで、不確実性ばかり。
その時の、あらゆる状況がその後に多大な影響を与えて、あたかも逆算したかのように起こってる。


不思議。
出会っちゃえば、こっちのものの場合もあるし。はたまた、出会った後、長い期間を要してやっとこ成り立つ関係もある。



人の理性的な選択を通して、
コントロール出来る範囲って、人生において本当に僅かなぁとつくづく思う。
そして、それは人との出会いや恋愛も同じ。





事前に、
いつ出会って、恋に落ちて、大事なひとになるかなんて分からないよね。
いつだって、そういうのは後から知るもの。







もし恋愛のスクリプトが自分で書けるなら、
やっぱり自分が気づかないところで

大切なひとに自然に出会って

時の流れに沿って
次第に、惹かれて


って、いうように
自然に進んだら、何か生きることの美しさを見ているようでうっとりする。


女性は未だに
働くことや子供を持つことで悩まないと
いけない場面が少なくともこの日本では沢山あるけれど。

結局、自分では認めたくないひとでも
きっと心のどこかで、自分の大好きなひとと沢山のものを一緒に共有して、互いに変化して、そして子供を持てたらと思ってるんじゃないかなと思います。
理性や自意識とは裏腹にね。



その方が、自然 じゃないかと最近思うようになってきました。
普通とか、一般的とかではなくて、
自然。









Honestly, i hope me in the future will be capable of having enough courage to say those three words to someone she loves badly and follow her true inner voice


if* the time comes to her without any notices as it will be the only one time as the first and the last for her.

















XX



"Yesterday is history, tomorrow is a mystery.Today is a gift, that's why we call it 'present'."







This is one of my favourite quotes.


Sometime it's amazing how quickly time flies by.
And wonder, why some stay so long as just they are without any changes, while others gone suddenly without any notices.












日本で生まれて、物心ついた頃からずっと不景気で、いわゆるゆとり教育の中で育ってきた。強制とは無縁の、自由に比重が置かれた、常に個人の選択次第で大半のことが変わる。そんな環境下で育った。


小学生の頃から、たまごっちでコミュニケーションの相手が人間でなくても、違和感はなかった。ポケベルが、すぐに携帯になってメールも送れるようになってた。

中学生になる頃には、カメラもついて、放課後でも好きな人と常に連絡がとれるようになった。周りの色々なものが徐々に変化して、どんどん便利になって、不便とは無縁だった。


ただ、ドラえもんに出てくるような空地は
周りには無かったし、
放課後の塾は当たり前だったから、小中学生と言えど、帰宅は9時、10時。
偏差値という数値で、己を相対評価されることにも、今思えば随分幼い頃から付き合ってきた。


思春期くらいには、
少子高齢化が深刻になるから、きっとあなた達が大人になるに頃には老人層を支えるために沢山税金を払うことになるから大変になるわよ。と言われてた。


グローバル化も進むから、早く世界を見なさいと言われ、競争相手は日本人だけじゃないと言われてきた。


20代になって、
震災が突然起きて、改めて自然の驚異を知ると共に、人の命の儚さや長年言われてきた原発の怖さを知った。


そして、安保内容が改正されたり。
最近は生まれてから、当然目の前にあった国のあらゆる安全神話も多面的に怪しくなってきたと感じる。

そんな、時代で育って、生きてきた。










ここで記しているのは、あくまで個人の話だが、世代としての話をする場合、共通する要素はいくつかあるだろう。


これから、
国を支える担い手になる世代が
どんな時代背景で育ってきたか。
だから、どんな思考傾向にあるのか。
そんなことを考えながら、



・個人は、違って当たり前であること。
(この辺の思考は、教養でもある)


を心に刻んで、




・相手に自分と同じ価値観や習慣を強要すること



はやめよう。

変化は必然であるが、本当に良質なモノは普遍的に人の心を震わせ、心に残り、評価されるものなので心配しなくてよいかと思う。
相手との違いを認めて、その違いを利用して新たなより良いものを導こう。
そして、もっともっと自慢のできる、良い国にしよう。


I just simply hope that eveyone can have more hope, strong passion and love on their lives



We deserve better.






xx


















私はどちらかと言うと、
人に惹かれる時は「中身」重視派。

(現実的に考えて、3歩譲っても外見3割、中身7割だと思っている)


確かに、外見を通して、人の好感度が高くなることはある。清潔さだとか、もち肌なんかはその部類。

または、自分が勝手に描いてた印象とは異なる、良い意味で裏切られた所有物を偶然見つけたりなんかしても、どういう訳かテンションが上がる。



までも、そのくらいで留めておくのが通常のわたし。

何やかんや言ったって、その人が持っている繊細な心や大切な人へ継ぐ揺るぎない愛情、怖いもの知らずな好奇心や在るがままの素直さ...etc
内に有しているものの方が断然、人を魅力的にすると思う。
し、それこそが、その人の一番の魅力。

何より外見とは、必ずしもその人の"良さ"と
イコールでなかったりするので、
中身を見なきゃいけない。


ステータス(肩書き)でも、
ルックスでも、ファッションセンスでも、
時には性別でも惑わされてはだめ。

どちらかと、
ふとした時に見せる寂しい目やいつもさりげなく言える'有り難う'や、何だか救われる温かいハグなんか。
そういう内から出てくるものに注意を向けて、
その人が本当はどんな人か見て、初めて惹かれるものである。





なのに、
先週末久しぶりに整体へ行ったら、
ずいぶんなイケメンが担当を。
あろうことか話をすれば、優しい&楽しいではないか。

カッコイイ..どきどき..照れ 







...それから3日経ったが、
まだ同じ心境である。





こんなcheapな話をするつもりでは決してなかったのだが、
結論から申すと、

人は理性<本能である。






















深い学びであった。

以上






We are so easily deceived by the things looks like brand new, super convenient or extraordinary luxurious etc..

Yes, they are very tempting and easy to follow.

I sometime keep looking at these things (can't resist) and use my precious day off time for them..

exactly like today, internet surfing almost all day...what a nightmare...!!



Whenever I happned to see 'real' things in life, I always feel that they are worth spending my time and money on. What is more, they are beautiful in a simple word.



* inside beauty, never know the whole figure and its true value until you fully know the inside.




* don't be deceived by fake things surrounding you as they are simply cheap.




I was lucky enough to see such things in the past while I feel there should be so much more I have to see in this world!

Of course, not only beautiful scenaries but human natures are also included when I say 'real things'

Having a family and friends that allow us feel beloved is one of the most precious momemts, is an example.




Appreciate what we already have AND had in the past by realising its value,

Easy and simple thing yet hard to do in reality.



Searching for more real things in life is one of the tasks I have to accomplish

* nearly getting there..



..full of sunshine and happiness are waiting for us 目グッド!



XX