記事を入れたけど削除されているので画像を探していれました。最上段の左ふたつのフォトが、私の思い出に近いです。
なつかしいなぁ・・・
今は、どこも廃れているとおもってた。
お嫁さん専用ハイヤーもあったよ。
但し実物は見たこと無い。大分前にトヨタ博物館で見た。
高島田が潰れない様に、そのあたりだけが空いているの、
今、思い出すと異様?だったナ。
この地方の嫁入り道具は車まで付いていたり、私の中での極め付けは子供の頃に見た嫁入り道具の近所の人へのお披露目。
お嫁さんが持って来た物を近所の人に見せるのが普通だった。
家に上がってもらい、既に見せられる様に、タンスの引き出しが上段から下まで引き出してある。
図々しい人は紙(今は知ってる.たとう
紙)まで広げる。
おそろしいでしょ?
中部地方の家具屋さんは今も有るのか?嫁入り道具を運ぶ専用車は、側面がスケルトンで紅白の布というかリポンみたいのもかかっていたね。それが東名.名神を走って嫁ぎ先に向かう。
子供が生まれると、お嫁さんの実家で、お雛様や五月人形の用意もしなくてはならないの。
娘が二人だったか3人だか産まれると、身上つぶれると、言われていた。
ママは、余裕の無い生活から、分割払いで着物を揃えてくれた。
しつけをはずしてないのもあり、身近な人にあげたくても、貰い手がない。
好きだから自分でも呉服屋さんに作り続けてもらった時期もある。
着物は、栄華衰退だな・・悲しい。