ヤフーの投稿記事から。
ある方に友人から、喪中(の為、欠礼の意味)のハガキが届いたそうである。
どなたが?と疑問に思い電話をして尋ねたら、可愛がっていたペットがなくなったそうで、その方にとっては子であり友であり同志でもあったと。
ハガキを受け取った方は、友人の考えに対して違和感をもったのであろう、
「社会性を持ちなさい。」と諌め、以来、関係はうまくいってない。概ね、こんな様な内容。
私は「ペット」という言葉を使いたくないし、与えている食事を「エサ」と言うのもイヤ。
かなり可笑しいと想われても「うちの犬が・・・」とか「うちの猫が・・・」とも言わない。
でも、誰もが理解する事ではない、と過去の経験に依って知り、異端の目で見られた相手は、私も去るし相手も去った。
私の中では極限に至るまで愛しているし守らなくてはならない存在である。
でも、そうじゃない人々が多く居るのは間違い無いので、(「社会性」はヒドいと思うが)多分、尋ねられたり話題にならない限りは、自ら、告げないだろう。ブログは私にとり気持ちを吐露する場でもある為、時に、事に、何かに、依っては記すだろう。
余談だが、夏目漱石は愛猫がなくなった時に、自分の門下生四人に死亡通知のハガキを出している。