太宰治「トカトントン」を聴いた | おひろのブログ・libe

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思い付くままに…

寝る為に聴きだしたのに、私の性格には合わずイライラしながらも、途中で止めるのは悔しいし(有島武郎の「或る女」で挫折中。長いんだもん。)


主人公が、自分の悩みを、愛読の本の著者がたまたま同郷と知り、その作家に相談?する手紙。


敗戦後の日本 この、まだ若い男性

何かを新たに始めようとする時に必ず「トンカトントン」と幻聴がある。延々.延々とこの種の話題が…


ずっと苛立ちを覚えながら、この男(怒)は?! とか思いつつも結末が気になり、結果的に最後まで聴きました。


物語の終わり近くに、主人公は自分の

書いた事が全部うそじゃないのかと疑惑し、


どうのこうのと、長く書いた手紙は作家に届き、

ごく短い、聖書の言葉の引用の返事がくる。

また、返事の文中のマタイ十章との関わりが私には解らず、言葉が難解というより込められた内面が見えない。

わたし的には、この主人公 受け入れ難い。 

くたびれて、癒しを求めるなら向いてない物語。


この後に作中に有った泉鏡花(外科室の映画も買って良かったから)の「歌行燈」に移り、寝落ちした。


まぁ、私には難し過ぎた、と云う事です。