あー
ゆきちゃん。
こーゆーことはゆきにしか通じない、、
とつくずく思った。
いつものことですが。笑
何から書こうか、よく整理がついてないんだけど
決断。
ナタリーは変わります。
愛に溢れてしょーがない、聖母のように!
ばかばかしいこと言ってる、、、って笑うひとはほっといて←
ゆきとはこういった議論はよく繰り返してきた。
例の法則の要。
なにか大きなことを叶えたくて、今まで無理してきた、とか
自分に会わない場所で、自分のために回りが変わってほしい
とか
頭で分かってても、行動が口が感情が言うことを聞かない
とか
見方によっては、私らしさ、とやらに反することなのかなって
宇宙を本気で疑いだしたり
でもよくよく、改めて考えたんだ
きっともっと広い、大きな規模で、私や周りの人間、状況を創造してるなにかって、
結局は私の思考。誰かの思考。
私が望むように相手に変わってほしいんじゃなくて、私が変わればって
一見、自分を圧し殺して無理してるような表現やけど、
そうじゃなかった
哲学や理屈じゃない、もっと根本的な次元のおはなし。
何かのきっかけで引き合って、出会って、関わり合うということは、
もちろん終わりも続きもあるってことでもあるんやけど
出会うはずのなかった、深く関わることになるなんて誰も予想できなかったふたりが引き寄せ合う引力って、やっぱりただ事じゃないと思った。
こーゆー力を知ってる上で、現実世界で毎回毎回、やらかして打ちのめされる、私の矛盾の根本の原因は、
理屈でしか理解してなかったからではないかと。
感謝や愛、調和を、もっと自分の身に落とし込んで、
少しの時間でかすれてまうような半端な表面的な一時的なものじゃなくて
これを、呼吸するかのように、ごく自然に、当たり前のように
これができるようにならなければと
言う意味の
ナタリーは変わります。
てこと
まず、
弱くて怠け者な心から来る
意識はしてても、
突然コントロールの効かない
あの誰も制御できない感情と
さよならします。
疑わない、怒らない、叩かない、傷つけない、嫌わない、責めない、壊さない、諦めない、投げ出さない、自棄にならない
負の感情から抜け出すこと。
長年の癖も含むだけ、簡単ではなさそうだけど。←
ここまで真剣に決意しないと、どうにもならないほど汚染されてた自分に嫌悪感から始ったわけですが
生まれ変わります。
お母さんやおばあちゃんのように
万物を受け入れて、惜しみ無く愛情を与えて
困難も悪いことも、
包みこむような笑顔で寄せ付けない
魔法のような力で
世界を愛せるように、すべてを許せるように
見本が身近にいたこと、そういう人の血を受け継いでることに深く感謝します。
どうか、
この出会いと未来を、諦めないで